「デイヴィッド・ホックニー展」を見た:世界を肯定的に描き出すポップアート

Posted at 23/09/19

9月19日(火)晴れ/曇り

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/index.html

昨日は昼前に出かけて都立現代美術館の「デイヴィッド・ホックニー展」へ行った。今までは歩いて行っていたのだが、昨日は30度以上あったのでなるべく交通機関を使うことにし、ネットで調べて秋26系統の都バスで出かけた。乗車停留場まで650メートル、白河で下車して450メートルなので案外あると言えばあるのだが、車体が新しく冷房もよく聞いていたので気持ちよく移動できた。美術館に入ってみると入場券購入が長蛇の列で一瞬またの機会にしようかと思ったが、少し検討してオンラインチケットを調べてみたら当日でも買うことができたのでiPhoneで購入。並ばずに入れたのはよかった。

場内も流石に混雑はしていたが、みるのに不自由さを感じるほどではなかった。ホックニーという人は正直、名前は聞いたことがあったがよく知らず、現代美術館でやってるということと彼の「絵画の歴史」を東京堂で購入したということ、一次史上最高値で取引された作品があることなどで興味が湧いた。つまりは、この人がなぜ評価されるのかを知りたかった、ということである。

展覧会の印象ということで言えば、ずいぶんいろいろな物を見せられたなということだったのだけど、一通り見た後でもこの人がどういう人で、なぜ人気があるのかはあまりよくわからなかった。カタログは買わなかったが、絵葉書の小さいのや長いのや四角いのを何枚か買ったら1000円以上にはなった。

常設展の方に回ると、「被膜虚実」というテーマは以前見た時と変わっていなかったが、今回は横尾忠則作品がよりたくさん見られたというのがポイントだったと思う。横尾さんの作品はずっと見てきたこともあり、ホックニーの作品に比べると安心感がある感じだった。常設展の方にもホックニー作品は結構あって、こちらを見ない人は多いだろうからまだ行ってない人には常設展もいろいろな意味でおすすめだということは書いておこうと思う。

というところで現在に戻るのだが、昨日は美術館から帰った後で昼食を取り、休んだり片付けをしたりして東京を出発したのが午後6時過ぎ、8時ごろに石川PAで半チャンラーメンを食べて実家に戻ったのが10時前になり、11時には寝たのだが4時に起きてしまい、どうも疲れが残っていて頭が動きにくい中でホックニーとはどういう人なのかを調べたり考えたりしていたのだった。

さて、ホックニーである。美術史的な位置付けを知りたいと思い、いろいろ調べてみると「ポップアート」に属する、ということなのだが、ポップアートといえば出てくるウォホールやリキテンシュタインと印象が違いすぎる。彼らの代表作といえばキャンベルスープの缶詰とかマリリンモンローの写真とか、とにかく有名というかパッと見ればそれとわかる題材を使っている感じがする。そしてそれらのものに対しどことなく悪意があるというか、批判的な視線を感じる。大量生産されるものに対する親しみと批判、みたいなものがそこにあって、なんというか大量生産時代に生きている我々のある種の「あきらめ」みたいなものが表現されている感じが私にはする。

しかし、ホックニーの作品はそうではない。ホックニーの作品に肖像画は多いが、皆「誰?」という感じの人ばかりだし、たくさん並べられていると「知らないおじさんやおばさんがたくさん並んでいる」という感じである。どこがポップなんだかよくわからない。彼の一番有名なモチーフは「スイミングプール」だと言われているそうだが、青い水面のプールの絵がたくさん並んでいて、飛沫が上がっていたりよくわからない二人の男性が描かれていたりする。

調べてみると、ポップアートというのはもともとイギリスが起源だとのことだった。戦後アメリカから入ってくるたくさんの大量生産品、使い古された豊かさのモチーフみたいなものは、どちらかというと保守的なイギリス人には嘲笑されるようなものだったのだが、それを積極的にコラージュしてアートとして仕立て上げたのがポップアートの始まりで、それがアメリカに逆輸入?されて資本主義批判みたいな方向にいって、我々の知るようなポップアートになった、ということのようだ。

だからもともとイギリスのポップアートにはアメリカの産品に対する批判的な視線はない。というかそれを否定ないし捨象してアメリカの豊かさみたいなものを観察してみよう、みたいなところがスタートだったのかなと思う。もともとイギリスはアメリカの大量生産文明批判がデフォルトだったわけで、それをあえて評価する、という方向に行ったのが「ポップなものを肯定的に受け取る」アートであったわけだろう。逆にアメリカではそれらは「当たり前のもの」であり、それをどう評価していいかわからないから逆に資本主義批判みたいな文脈を導入して「自分たちのものを否定はしないが批判的に受け止める」みたいなことになったのかなと思う。

これは日本で言ってみればジャポニズムの流行を日本がどう受け止めるかみたいな話かなとは思うが、結局欧米で取り上げられてるモチーフとかを見ても結局は「日本文化は誤解されている」みたいなことになりがちで、それだけ彼我の文化的ギャップは埋め難いほど大きい、ということにもなる。フェノロサに評価されて初めて日本文化に価値があるものと理解されるようになる、みたいなところもあったし自らの文化や美術の肯定的批判、みたいなことにはなかなか行きにくいなと思う。

これは近年のマンガアニメの国際化みたいなこともあり、内容についての賞賛や批判は欧米や他の国からもくるようにはなっているけれども、政治的なものをのぞけば彼らの批評みたいなものが日本でどれだけ取り上げられているかというとよくわからない。「AKIRA」ようなその当時としては新しいマンガ表現についての評価は欧米でより肯定的に出てくる、というようなことはおそらくあり、それが日本での流行に再点火する、というようなことは科学技術、製品、音楽そのほかあることはあるのだけど、ポップアートほど大きなムーブメントとして出てきたことはないようには思う。

話をホックニーに戻すと、彼の作品がポップアートであるとしたら、ポップな技法を使って文明批判とか大量生産批判とかではなく、自分を取り巻く世界を肯定的に描き出す「ポップアート」である、ということになるかなと思う。

彼が描いた中で一番大量生産的なものは「スイミングプール」かもしれないが、彼が描こうとしたのはその画一性とか大量生産性ではなくて、そこに上がる水飛沫だとかそこに佇むインティメイトな関係の二人、という感じがする。彼がゲイだということも調べている途中で知ったことだが、まだ同性愛に対する差別が強い時代に画面に二人の男が描かれている、というだけでやはり意味が表れてくるのは、今まで描かれてこなかったそういうインティメイトな関係をポップに明るい色調で、しかしなおかつ明るいだけでもないものとして描き出しているのが成功なんだろうと、「芸術家の肖像画―プールと2人の人物―」の画像を見て思った。これは2019年に現存作家としては当時の最高額、9000万ドル以上(100億円以上)で取引された。

彼の作品もそうだが、イギリスのポップアートの作品を見ていると、「展示的価値」というよりは祭壇画のように見えてくることがある。これは例えば少女を描いたバルテュスの作品などにも感じることと似ていて、ある種の宗教性のようなものが見えてきたりする。

それはおそらくは世界に対する希い(=希望、願望)のようなものが描かれているからではないかと思うのだが、これは後期の作品、キャンパス50枚を使った巨大な樹の絵だとか、幾つもの映像を組み合わせた映像作品などにも感じるものがあり、世界はこうであり、こうであってほしい、というようなものが感じられる。

もう一つ思ったのは、批判というのは何かを否定することによってだけではなく、肯定することによっても行える、ということだなと思ったこと。同性愛が禁圧されている中で、二人の男性を描くということは、それだけでその関係を肯定し、アイコン化することによって、無言で社会を批判している。これは今、フェミニズムやポリコレによってマンガ・アニメ表現を禁圧しようという動きが感じられる中で、「私は肯定する」という絵を描くことと同じなのだよなと思った。

私が一番好きだなと思ったのは、太ってあまり美人とは思えないような少女が、鏡で自分の顔を見て嬉しそうに笑っている絵で、これはひょっとしたら企画展の方ではなく常設展で見たのかもしれない。世界に親しみを持つ、というのはこういうことかもしれないと見ていて思った。

ホックニーはなぜ人気があるのか、というのはそう簡単にはいえないようには思うけれども、自分なりの今の結論としては、ポップアートという新しくある意味大衆性のある技法、視点で肯定的に世界を描いた、というところにあるのかな、と思っている。そんなべらぼうな金は出せないにしても、そうした絵が一枚家にあれば、それだけで世界はとても魅力的になるのかもしれないな、と思った。

学芸員さんのインタビュー記事
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/hockney-curator-interview-202308


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by Luke Peterson

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