G7サミットの成果:「広島」が世界外交の中心になったこと/岸田首相の「80億の民が広島市民」ツイート/ゼレンスキー大統領の「歴史の石の影」スピーチ/外交巧者マクロン/「価値観外交」と「裏カード」

Posted at 23/05/22

5月22日(月)曇り

G7広島サミットが閉幕した。昨日も書いたがこのサミットは色々な意味でかなり大きなイベントになり、岸田外交の真骨頂が示されたという点で重要だったと思う。ただ、いろいろと引っ掛かる点もあるので整理しておきたい。

今回の会議の方向性というのは、つまりはロシアを排除し中国を棚上げした(封じ込めた)国際秩序形成のリーダーシップを日本が取った、と言うことになるかと思う。ここまでの地ならしは安倍さんがやって来たことは確かだけど、安倍さんはプーチン・ロシアを排除することには多分躊躇したと思う。

そこを一切躊躇なくぶった斬ったのが外交の流れからいえば岸田外交の本質ということになるかなとは思う。安倍さんでもこの状況でロシアも取り込もうというのは無理だと思ってはいただろうけど長年あたためて来たロシアカードを廃棄することができたかどうか。

逆にいえば、いわゆる「価値観外交」を推進するという点では安倍・岸田両首相の路線は一致しているのだけど、安倍さんはそこにロシアというカードも温存していた。中国ともそう悪くない関係を築き、韓国を相手にしない路線をとって、その辺りに「一筋縄ではいかない国際関係理解」というものがあったのではないかという気がする。

しかし岸田さんは韓国との関係を円滑化するとともにロシアをぶった斬り、中国ともより強い緊張を持つ方向を選んだ。これは少し「価値観外交」の原則に振りすぎなのではないかという気はしなくはない。

ただ、ウクライナでの戦争が終結した時、安倍さんがいたらロシアへの働きかけはもう少ししやすかったようにも思う。ただそれは中国に関しても言えることで、岸田さんは林さんや二階さんなど裏カードを持っているとは言えるのだが。

今回のサミットではウクライナのゼレンスキー大統領のサプライズ来日を実現して、インドネシアや韓国、インドとの会談に漕ぎ着けたのは良かったとは思うが、ブラジルは少しヘソを曲げたんじゃないかという気がしないでもない。その辺りが少し心配だ。

核軍縮に関してはすぐの廃絶ではなくて将来的な廃絶の方向を示したことはオバマ路線の延長だったが、「核による脅し」は許さないという新しい釘の差し方をできたのは良かったかなと思う。

「最大多数の最大幸福」というか、「最も多くの国が最も満足できる形」で会議をまとめ上げたという印象がある。「全面講和か単独講和か」みたいな話以来の延長線上で、「ロシアにも話を聞かせろ」とか「核廃絶への具体的な道筋を示さないのは欺瞞だ」とか「全面講和派」の意見はあるのだが、侵略国であるロシアを対話の相手として考えるのは現在では適切ではない。そういう意味でもこの路線は現実的な保守政治家の路線だと言えるだろう。

しかし、今回のG7サミットは日本が敗戦したあとのサンフランシスコ会議に臨む選択ではなく、ロシアがまさに侵略を続けている最中の会議だから、むしろ大西洋会談・ヤルタ会談・ポツダム会談のような状況なわけで、このままロシアが敗戦をのめばこの「広島体制」が新たな世界秩序になる可能性は大きい。だから日本の立ち位置も、ヴェルサイユ講和会議のように多くの主張が可能な状況であり、またその会議を日本が、岸田首相が仕切ったということの意味は日本にとって大きいだろう。

そういう意味では新冷戦(まだ熱い戦争の最中だが)が決定的になり、新たな火種を抱えたともいえなくはないが、冷戦秩序で日本は完全な従属国であったことを考えれば、日本としては80年ぶりに「失地」は回復したとは言えるだろう。あとは中南米とかアフリカとか、私はあまり好きな言い方ではないが「グローバルサウス」の国々を日本も、「新しい世界秩序」のなのもとに、日本が主体的に取り込んでいく努力をする段階になったかなと思う。

世界秩序としてはなかなかベストと言いにくいけれども、日本としてはかなり外交力を高めたし、G7サミットというものの世界的な意味がかなり見直されたのではないかと思う。新たな時代に入ったと言えるのかどうか確言はできないが、可能性はあるなと思う。

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岸田さんは今回のサミットに関し連続ツイートをしている。

https://twitter.com/kishida230/status/1660294400000544768

全ては引用しないので上のリンクからたどっていただければと思うが、特に重要なのはこのツイートではないかと思う。

https://twitter.com/kishida230/status/1660294448511873024

この「広島市民」という表現は相当考えたのではないかと思う。こうした表現は最近よく使われる。例えば表現の自由をめぐる「私はシャルリ」というのもそうだったし、フェミニスト運動の「ミーツー」とかも同じだろう。

こういう表現の最も最初に出てきた例は、フランス革命の高揚期、ジロンド派とモンターニュ派のヘゲモニー争いの時期における議論に端を発するように思う。

ジロンド派はそれまで、王党派や妥協的なフイヤン派に対し、「人民の守護者」を持って任じてきたわけだが、彼らから主導権を奪うためにロベスピエールは「私は人民の守護者ではない。私自身が人民だ」と宣言し、パリ市民や議会の主導権を握ったわけである。

「われわれが広島市民」という表現は、原爆の脅威に晒されているのは私たち自身だ、ということであり、それによる脅しと使用の恐怖・惨禍はわれわれ自身に降りかかるものである、という意味になる。われわれはこうした立場を共有すべきだという主張がこの言葉には込められているわけで、核の脅威の排除を求めるものの共同体としての世界、という主張であり、遡ればそれを求める「世界」の「主権者」としての「広島市民」という位置づけになるわけで、最も「民主主義的」な「運命と理想を共有する世界市民」としての主張ということになる。

この言説はそういう意味ではモンターニュ派の直接の後裔というか、ある意味危険なデモクラシーという宗教の信仰告白でもある。逆にいえば、そういう意味で民主主義を標榜する国には届くと思うし、核の脅しにさらされている国があるとすれば、同じ要求のもとに連帯できるという呼びかけでもある。

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ゼレンスキー大統領のスピーチも良かった。私はテレビで同時通訳で見ていてやはりいきなりで彼の修辞の多いスピーチを達意に訳すのは難しいなと思いながら視聴していたが、下の平野氏の訳は大変美しい文章だと思う。

https://www.ukrinform.jp/rubric-ato/3712290-zerenshiki-yu-da-tong-ling-ri-ben-guo-min-xiangkeni-yan-shuoping-heno-gong-shi-shi-xianno-yi-yiwo-qiang-diao.html

冒頭の、「戦争によって歴史の石に影のみを残すことになってしまったかもしれない国」ってこれ、原爆資料館の階段に影だけ残った人の跡のことを言ってるのだと思うが、初めて見てこのスピーチをあっという間に書き上げたとするなら、この人の文才は相当なものだなと思う。内容的にも素晴らしく、これは是非多くの人にご一読願いたいと思う。

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今回、他に印象に残った首脳の動きとしては、フランスのマクロン大統領のそれだろう。ロシアにより話し合いの道筋を残すような立場を維持しているかと思ったら、ウクライナのゼレンスキー大統領をフランス政府機に搭乗させて安全を守護し、右派のイタリア・メローニ首相にはLGBT差別撤廃の必要を説いている場面も写されていたし、サミット終了後にはすぐロシアと中国に挟まれたモンゴルに飛んでフレルスフ大統領と会見している。

https://www.montsame.mn/jp/read/319543

https://www.france24.com/en/live-news/20230521-macron-makes-first-french-presidential-visit-to-mongolia

マクロンもプーチンの話を連日数時間とか聞かされてた頃は大変そうな印象だったが、なんだかんだ侮れない政治家だなと改めて思った。フランスの国際的地位を決して下げない行動をするところは、日本の政治家も見習うべきところは多いと思う。

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「価値観外交」とは、日本の外務省は、「普遍的価値(自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済)に基づく外交」と説明しているという。つまり、こうした価値観を持つ国々や人々との連携協調を推し進め、また支援し広めようとする外交方針ということになる。これはWikipediaによる説明だが、こうした説明でいいのだろうと思う。逆にいえば、ロシアや中国、北朝鮮などの「権威主義国家」に対しては「普遍的価値の共有」を求めていくことになり、そうした姿勢に例えば中国は強く反発している。

こうした「普遍主義」の外交はカーター政権の人権外交などがあったが、価値観外交はむしろネオコンに発するものだという。それを日本風に翻案して麻生政権では「自由と繁栄の弧」と言い方をし、安倍政権ではさらに発展させて「自由で開かれたインド太平洋」という枠組みにして、ちょうど中国が国家戦略として打ち出していた「一帯一路」に対抗するものとして打ち出し、日本・アメリカ・オーストラリア・インドというQuadの枠組みを実際に作り上げた。

ここには捕鯨問題や環境問題をめぐって対立していたオーストラリアを取り込み、また中国と対抗しつつロシアとは近いインドを取り込むという形で枠組みを成立させたわけで、これは一帯一路だけでなく太平洋諸国や中南米・アフリカに対しても進出を図る中国に対しては有効な枠組みになったと言えるだろう。

ロシアに対してはインドはフリーハンドを主張するのでなかなか機能はさせにくいところはあるが、今回G20の議長国ということもあるが広島に来てゼレンスキーとも会見したことは大きな意味があっただろう。

こうした外交の不安な点といえば、「価値観外交」の「裏カード」が、安倍首相はロシアというカードを持っていたが、今回の戦争でかなり無効化はした。岸田首相は裏カードに持っているのは「中国」なのだろうと思うが、その辺りがどのように機能するかはまだちょっとわからない。

それにしても、世界の外交のアクセスポイントが広島に集中したというのは本当に画期的な出来事で、いろいろと問題は残っているにしても、大きな成果は挙げられたと言っていいだろうと思う。まずは岸田首相並びに関係の皆様方にお疲れ様でしたと言いたいと思う。

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