春の院展を見た/国譲り神話の意味と人格神に対する儀礼

Posted at 23/03/28

3月28日(火)晴れ

昨日は東京の自宅から実家に帰る途中で友人が出品している「院展」を見に日本橋三越へ行った。MIカードを提示すれば二人まで入場無料だったらしいのだが、持っていかなかったので800円払って入場。全て日本がだが、画題は多様。描き方もさまざまなのだが、見ているうちに自分にとっていい絵とそうではない絵みたいなのが見えてくるし、最初これがいいなと思っていたのが一通り見てからもう一度見るとそうでもない感じになっていたりして、面白いなと思った。

これは誰々の画風を真似ているなと思うものは結構あったり、(今回はミュシャっぽい作品がいくつかあったように思う)女性を描いていればある程度目を引くなあと思ったりしながら見ていたのだが、ある意味時代と世相を反映しているなあと見ながら思い始めた。これはものすごく斬新、と思う作品があったわけではないのだけど、というか現代日本画というものをまとめてみたのは初めてなので多分見方がよくわかってないのだと思うのだが、まるでそのもの自体のような質感、みたいな作品もあったりしてバリエーションが広いなと思った。

フラッシュを焚かなければ写真を撮ってもいいとのことだったので友人の作品を始め何枚か撮ったのだが、今見返してみるとそれぞれ面白い。思ったよりずっと楽しめたなと思う。

電車に乗るのは東京駅、院展は三越前なのでどう移動しようかと思ったが、運んだ荷物は丸の内線東京駅の改札近くのロッカーに預けたので、東西線大手町から丸の内線東京駅まで歩き、さらに東京駅日本橋口から呉服橋を北へ行って日本銀行と三越本館の前を通って三越本店に出た。帰りは日本橋駅の方に出て丸の内オアゾまで歩き、新谷尚樹「伊勢神宮と出雲大社」(講談社学術文庫)と月刊スピリッツを買って丸の内線東京駅まで歩いて荷物を取り、丸の内地下北口から東京駅に入って中央線の乗り場まで歩いた。この辺り、電車に乗るのと歩くのとどちらが早いのか分からないので結局歩いたのだが、お茶をする余裕ぐらいあると思ったのに全然なくて(院展を思ったよりじっくりみたせいもあるが)新宿4時の特急に間に合うように移動することになった。新宿駅で深川めしを買って特急に乗る。

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「伊勢神宮と出雲大社」を少し読んで考えたのは、二つ。「古事記」になぜ皇室と関係ない(関係の薄い)出雲系の神話が書かれているかというと、瓊瓊杵尊以前の日本が出雲系の神々の世界だったという「歴史」を記していると考えるのが妥当だということ。この日本列島をつくったのは出雲と大和の共通の祖先であるが、最初に日本列島を支配したのは出雲系の素戔嗚尊・大国主命の系列であり、そこに国譲りが行われて天孫が降臨し、瓊瓊杵尊が支配者になったが、最初は南九州にいて4代後の神大和磐余彦命によって中央進出がなされた、ということなのだろう。いわば王朝交代が行われた記録ということになる。

もう一つは、天照大神=伊勢神宮の神の性格として皇女が仕える(斎宮)、飲食する(大嘗祭=神人共食)、宮を定期的に建て替える(遷宮)という性格があり、これは自然人ではなく人間=皇祖神としての性格が表れているという指摘。これはなるほどと思った。そこに人格神としてのリアリティがあるわけで、信仰の古態というものを今も残しているということなのだと思う。

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特急は時間通り6時過ぎに実家の街に着き、家に帰って深川めしで夕食。インスタント味噌汁がしじみ汁しかなかったのでアサリとシジミ、貝づくしになった。

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