ダスキン創業者と一燈園

Posted at 23/03/17

3月17日(金)晴れ

昨日もいろいろあり、今日もいろいろあるのだが、午前中は母を病院に連れていくので時間がない。

「修養の日本近代」少し読めたのでそれについて。ダスキン創業者の鈴木清一と一燈園とその指導者の西田天香との関わりについて。

Wikipediaによれば西田は「無所有・下座・奉仕」を唱えて京都の鹿ヶ谷に一燈園を起こした人(それが開かれたのは西田に深く感化された西田の出身地・長浜の芸者が財産を投げ出したことによると本書にあった。)で、知識人に評判を呼び、和辻哲郎・徳富蘆花・安部能成・谷口雅春・倉田百三らが参座したという。倉田百三は自身が書いたベストセラー小説「出家とその弟子」の親鸞のモデルが西田ということを公言していて、世間に広く知られるようになったと。尾崎放哉も一時参座している。

明治から昭和初期にかけてのいろいろな人について書かれたものを読んでいると一燈園は時々出てくるのでどういうところかと思っていたのだが、この鈴木清一の話が具体性があって面白かった。

鈴木が最初に作った会社はケントクというワックス商品を扱う会社だったが、それが資本提携したアメリカのジョンソン社に「乗っ取り」をされた、という話なども印象的だが、鈴木はそれが進行する最中に新たにサニクリーンという会社を作り、それがダスキンの前身だとのこと。現存のサニクリーン社は乗っ取られたケントクが作った会社が母体であるようだが、このケントクも現在はダスキンのクリーンサービス事業を扱っているそうで、この辺りの関係はいろいろややこしい感じだ。ちなみにダスキンといえばミスタードーナッツの事業本部もやっているわけだが、Wikipediaによればこれは鈴木がミスドの創業者と意気投合して始めたものらしい。

西田自身の無所有の理想の信念が乗っ取りに無防備だったり社員に一燈園の理想を押し付ける感じになった部分もあるようで、その辺りはやはり軋轢はあったのだろうなと思う。生長の家の熱心な信者だったヤオハンが経営を失敗したことなど、会社経営と宗教ないし宗教っぽいものの関係というのはなかなか微妙なところはあるのだろうと思う。

ダスキンが現在でも「仕事を通した自己向上や人材育成の精神」を推奨しているというのはやはり興味深いなと思うし、多分日本企業の底力みたいなものはそういう考え方につながるところはあるのだろうと思う。

第5章3節はフランチャイズビジネスの話のようなので、その辺のところはまたしっかり読んでみたい。こういう宗教的な理念とフランチャイズビジネスはおそらく相性はいいと思う。乗れない人にとっては入りにくいものだろうなと思うけれども。

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