佐藤春夫現代語訳「方丈記」を読んだ

Posted at 22/07/28

7月28日(木)曇り

少し体調がもう一つで思考もネガティブになりがち、という傾向になっているのだが、天候不順とかいろいろ頭も体も状況にうまく対応できてないのかなあと思ったり。

昨日は青空文庫で佐藤春夫現代語訳の「方丈記」を読んだのだが、面白かった。時代としてはちょうど「鎌倉殿の13人」と重なる。この随筆は読んでなかったのだけど、唐木順三「中世の文學」を読んでたらこれは読んでおいた方がいいかなと思って岩波文庫を物色したりしたのだけど、青空文庫にこれがあるのを知ってちょうどいいなと思って読んでみた。岩波文庫で見たら思ったよりかなり短いことを知ったからということもある。

三大随筆といえば「枕草子」「徒然草」に並んでこの「方丈記」だけど、子どもにもわかりやすい物尽くしとか小話的なものがないので、中学や高校ではあまり取り上げられていないのではないかと思う。いわゆる仏教的な無常観みたいな話とか、大きい家はいらない方丈の荒屋でいい、みたいなSDGs的な考え方とか、あまり子供にするような教訓的な話でもないということもあってあまり取り上げられていないのだろうなと思った。

疫病が流行り、洛中に薪を売りにくる山人も来られなくなって人々が自分で薪を作らなければならなくなり、お寺から仏像を盗んで薪にしたり、漆を塗られた立派な柱が薪として売られたりしていたという話は、ローマ帝国が崩壊した後のゲルマン時代の初期にローマの建物を壊してその石材を自分たちの建築に使った話などを思い出し、文明の崩壊というのは同じようなものなのだなあと思ったりした。

また疫病など災害についていくつか書かれているが、その中の一つに平清盛による福原への遷都が取り上げられていて、その間にいかに京都の街が寂れてしまい、また荒れてしまったかということが書かれていて、全体としての生産規模の小ささとか、改めて強い印象を持った。

彼の遁世の志というのは「中世の文學」で書かれているように菩提を求める、悟りを求める心というものとはまた違うようには思われる。仏陀の教えでは基本的に悟りを得るためには僧伽の中で修行すべきなのであり、ただそこの俗臭に耐えられなくなって寺を離れたということになると、解釈は少し難しいなと思った。山林修行が目的という感じでもなく、こういう中世のいわゆる隠者の求めるものはある種の好き=数寄だったという解釈はその辺を考えるとあるのかなあと思ったり。

恐らくはこうした趣味が「詫び・さび」的なものに洗練されていくのだろうと思うけれども、現代語で読んだせいもあるとは思うがかなり生々しくて、まだその原型という感じの段階なのかなと思う。

私は「源氏物語」も谷崎潤一郎訳で読んでいるのだが、この時代の文豪が訳した古典というのはそれはそれで味わいがあるなあと改めて思った。

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