ウェブ日記、日記才人、テキスト庵、個人ブログ、Twitter、noteなどなど「ネットにおける文章」あれこれを思い出してみた。

Posted at 22/05/21

5月21日(土)雨

noteの方も連続投稿が100日を超えてきたこともあるのか、ダッシュボードを見ると最近ビューカウントが増えている。今朝の4時の時点で週間ビュー数が4265なので1日に平均したら600を超えている。少し前まで一日少なくとも200が目標だなあと思っていたくらいなのだが、それを考えると結構多い。逆にスキが週間で25、1日平均4以下なのでこれはもっと欲しいなと思うのだが、逆に言えばスキが少なくても読まれるようにはなっているわけで、この辺りのメカニズムはどうなっているのかよくわからない。

私はウェブに文章を載せるのは1999年ごろからやっているのでもう20年以上なのだけど、突発的に数万のアクセスがあったこともあるが大体は1日数十から数百のアクセスであるのが常態で、アクセスが順調に増えつつある時期に色々な事情で数ヶ月以上書けない、みたいなことを何回か繰り返してきたのでまた〇から出直しみたいになっていた。独自ドメインで運用している個人ブログの方もその期間にGoogleのクローラーから外されてしまったので昔の大量の文章にも検索目的のアクセスが激減して今では1日数十くらいのアクセスになっている。

だからnoteで1日平均600というのはかなり多い状態といってよくて、もちろんこの20年余りの間にウェブで書いていた人たちがある種のメジャーになっていく人もいる中で600なんていうのはどうということのない数字ではあるのだが、種はないよりはあった方がいい。ただ昔に比べると炎上させたりキャンセルさせたりする人たちが増えているし手段も選ばなくなってきている感があるので慎重に運用する必要があるなと感じている。一時は百花繚乱だった個人ブログが必ずしも面白い記事が多いとは言えなくなってきたのもそういうこともあるのではないかという気がする。

自分がアクセスが多かった時期のことをその時代その時代のサービスで考えてみると、自分がネットに文章を書き始めたそもそものきっかけは1999年に詩のサイトを作りTeaCupで掲示板を設置したことから始まったのだけど、公開したその日に30くらいアクセスがあって掲示板にも結構書き込みが来て、これは面白いなと思った。いろいろアクセスを増やすための手段を探しているうちに「ReadMe!Japan」という個人サイトリンク集や「日記猿人」というウェブ日記リンク集を知り、そこで「ウェブ日記」というジャンルを知って、いや日記とか人に読んでもらうものでもないだろうと思いつつ、読んでいるうちにこれは別に何を書いてもいいんだなと思い当たり、「日記猿人」に参加したのがこういうウェブコミュニティへの参加としては始まりだった。「ReadMe!」にも登録したがあまりに登録数が多くて見えるところに浮上するのは難しいなと思ったのだが、「日記猿人」には投票制度というのがあって一定の得票を得ると結構読んでもらえるようになるというのがわかっていろいろ工夫するようになった。

一番当たった工夫は「日記猿人そのものについて書く」ということで、これは今でもやってる人がいると思うしこの文章自体そういうメタな目的を持って書いているから同じようなものなのだけど、「日記猿人」には「日記猿人」というもの自体に愛着を持っている人が多く参加していて、「日記猿人について書かれた文章なら読む!」という人が一定数いて、それで投票を稼がせてもらったわけだ。もうだいぶ前のことだしその当時の私のウェブ日記「第3の私」もジオシティーズを使っていたので今ではもう見られないのだが、1日に100アクセスくらいには届いたと思う。

その後「日記猿人」は「日記才人」に衣替えし、また個人運営の限界もあって終了になったのだけど、一定数の人は同じような個人サイトリンク集であった「テキスト庵」に移動して交流を続けた。こちらは投票制度はなかったのでより平穏(笑)であったのだが、更新報告があるとそれなりに見にいく人が多く、当時はずっとテキスト庵にアクセスカウントは頼っていた感じがあった。

またウェブ日記のシステムも2005年ごろにブログのシステムが出てきてからはそちらが主流になり、私もジオの時はhtmlを使ってタグを打ってFTPでアップして更新していたのだが、ブログサービスやMovableTypeが出てきてからはそれらに乗り換え、個人ドメインを取ってレンタルサーバーでMTのブログに移行していった。それが2005年だった。

一方で新しい波としてTwitterなどのSNSが出てきた。最初はmixiの方が盛んだったが、2007年ごろ出てきたTwitterに2008年に登録し、最初はなんだかよくわからないのんびりした場所だったのだが、2011年の東日本大震災をきっかけに情報のやり取りで私自身も非常によく使うようになった。

そして2011年7月に突然のテキスト庵のサービス終了。まだ終了の際のお詫びの挨拶がウェブ上に残っているが、アクセスをテキスト庵に頼っていた私のような人間は突然放り出されたような感じになった。

http://www.spacehorn.com/text/

しかしまあ、すでにTwitterのサービスに参加していたことは不幸中の幸いで、とりあえずここで更新報告をするようになった。テキスト案の当時ほどのアクセスにはなかなかならなかった、というのは私のアカウントのフォロー数があまり多くなかったからなのだが、ただそれでもそれなりにアクセスを伸ばしてはいたのだが、2014年の6月に急に書く気を失ってしまった。というのは自分の記憶ではブログのような文章よりも創作の方に力を入れていたからだと思うのだが、その他にもいろいろあってブログも書かなくなったのだった。

何度か復活を試みるのだが思い込みとか思い入れとか書くことの意味とかその他色々なことを考えてしまって、書けたり書けなかったりの時期が続き、Googleのクローラーから外れるとそれもなかなか復活せず、多分今でもブログは対象になっていないと思う。

ただ、noteのサービスに参加したのも2014年の4月だった。スランプの時期が断続的にあったからサービス開始当初から参加していることによる先行者利益みたいなものを逃してしまったために今でもフォロワー数は少ないのだけど、今こうやって読んでもらえているのはnoteに参加しているからこそだと思う。

昔のブログを読んでいると、今でもこういう書き方をした方がもっと読んでもらえるだろうなあとも思うのだが、やはり今とはなんというか物事に向き合う向かい方が変わってきているのだろうなあと思う。

ただ、自分自身として今は「全力で書いてる」という感じではない、特にリアルでいろいろとやらなければならないことが格段に増えているのでなかなか文章だけに全力、という風にしにくいのだが、noteも100日以上連続して投稿できていることを考えると、そういうスタンスの方が継続はしやすいんだろうなと思う。

最近noteのアクセス数が増えているのでこれだけのアクセスをもらったのはいつ以来かなあとか考えているうちに昔のことを思い出したのでこの機会に書いておいた。Twitter論客やnote長者の方々にはどちらかというと2ちゃんねる等の掲示板やニコニコ勢の方々の方が多いと思うのだが、まあウェブ日記出身勢というマイノリティとして自分の歴史をネットに書いてみるのもいいかなと思って書いてみた、という感じだ。

まあ、ネットがなければ文章を知らない人に読んでもらう機会は格段に少なかった、逆に言えば雑誌等に掲載されるためにもっと頑張ったかもしれないなとも思うのだけど、20数年間でいろいろな人に読んでもらえたことはよかったな、と思っている。今日までそして明日からというか、この先のことを考えるにも振り返るきっかけではあったなと思う。どっとはらい。


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