共通の敵は悪辣で強大な方がいい/若者の欲望の非物質化:モノより承認欲求

Posted at 22/03/01

3月1日(火)曇り

2月は何だか想像もしていなかったことが起こって世界秩序自体が大きく動いている感じがするが、ウクライナの頑張りで西側の結束は強まっている感はある。ウクライナ軍の強さは目を見張るばかりだが、自国に攻め込まれてからの防衛というのは本当に大変だなと思われ、戦後秩序も今とはまた違うものになってしまうのだろうなと思う。

バラバラだったNATOが急に結束を強めた有様は、東国武士団が内輪揉めばかりしてるのを頼朝が打倒平家でまとめてその対立を起こさせないようにしている感じと似ているなと思った。共通の敵は強大で悪辣な方が、内側の結束は強められることになる。

「資本主義の新しい形」の読書は開戦以来止まっているのだが、特に今読んでいる温室効果ガス問題と産業の非物質化という点においては、この戦争で物質的なものの持つ強大な威力が見直されたように思うし、一方ではコンピュータ化された情報がアノニマスのハッカー攻撃に遭うなどの物理的な脆さも見せている。この戦争によってテクノロジーがどのように変化するのかはまだ見極めがたいが、日本もその変化を見逃さないようにしなければいけないと思う。

ただ見逃すことのできない変化といえば、若い人の欲求・欲望が非物質化しているのではないかということで、具体的にいうと我々の若い頃は「モノ」が欲しかったしそれがステータスの表現だったわけだけど、今の若い人は「モノ」よりも「承認」を求めているのではないかという指摘がTwitterであった。それを受けて、私にはあまり理解できないでいたけれども、動画に対して投げ銭したりアバターにお金を出したりしている、という指摘をもらって、なるほどそういうことかと思った。

スパチャという文化自体が理解不能だしましてや赤スパとかになると何が面白くて高額なお金を出すのだろうと思っていたが、そこで一瞬の承認を得るのが目的だというのも一つの文化になりつつあるということだろうか。

承認欲求というのはわかりやすい例だけれども、人々の欲望=消費がそのように非物質化していっているということはこれからの世界を見ていく上で考えなければならないことだと思うけれども、この戦争で失われたウクライナの人々の「かけがえのない日常」が物質的なものに支えられていることもまた確かであり、この点でもこの戦争によって起こる変化を見ていかなければならないと思った。

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