鈴木由美「中先代の乱」:カリスマ足利尊氏に果敢に挑む貴種の少年・北条時行

Posted at 21/08/02

鈴木由美「中先代の乱」を読了した。


 

鈴木由美氏については「南朝研究の最前線」でやはり北条時行について書かれているのを読んでいたので知ってはいたのだが、中公新書の一冊として本になると、呉座勇一氏の「応仁の乱」や亀田俊和氏の「観応の擾乱」と本棚に隣り合わせで置くことになり、こうした時代の研究が進んで来ることは面白いなと思う。
時期を同じくして、少年ジャンプで北条時行を主人公にした松井優征「逃げ上手の若君」の連載が始まり、人気を博していることから、この「中先代の乱」もネットやメディアで取り上げられることが多くなり、また私のいる信州諏訪地方でも書店でこの二冊を軸にしたフェアが開催されるなど、時ならぬ北条時行のプチブームが起こっている感じである。


 

我々の子供のころに比べて日本中世史の研究はとても進んでいて、逆にいえば伝説や説話レベルの話がだんだん史実と違うという理由で取り上げられなくなるのが淋しい側面もあるのだが、新たな研究で見えて来る新しい中世像はそれはそれで魅力的で、今一番ホットな研究分野の一つであると言えるのだろうなあと思う。

この本では鎌倉時代の前史から鎌倉幕府滅亡を描いた第1章、中先代の乱の前段としての各地の北条氏の反乱ないし北条氏を奉じた反乱を取り上げた第2章、中先代の乱の本篇である第3章と第4章、その後の北条氏が鎌倉を攻めた鎌倉合戦の第5章、時行が南朝に下った後の第6章と、史料がけして多いとは言えない北条時行とその行動について、鎌倉幕府滅亡後の北条氏の復権運動としての反乱行動という面から描き出していて、そうした全体像の中に位置づけると彼らの目指していたものも見えやすく、鎌倉にこだわる時行の志向も納得しやすいように思われた。

北条時行は結局は足利尊氏に勝つことは出来なかったのだが、尊氏の運命を大きく変えたということは言えるだろう。これらの流れを見ていると、結局は軍事的天才と構想力の大きさの点において時行は尊氏に及ばなかったということなのだろうなと思う。

そして、なるほどと思わざるを得なかったのは、時行が「親王将軍を擁した鎌倉幕府の復活」を目指したのに対し、足利尊氏は「源氏の正統たる源頼朝の再来」を幻視させる力を持っていた点において時行を遥かに圧倒していたという指摘であり、これは確かにそうだろうなと思った。

頼朝は武将というよりはむしろ政治力で衆望を集めた存在だと思うが、尊氏は関東から九州まで戦いの場を広げ、時に敗れることはあっても要所の戦いでは圧倒的な強さを見せるところは義経的でもあり、武士の棟梁としてのカリスマはやはり彼にあったのだろうと思う。

時行が気の毒なのは執権=得宗という存在がファンタジー的なカリスマを持つものではなく、むしろアンシャン・レジームそのものであったことであって、今だ少年の域を出ない時期の時行が尊氏に挑むことは条件的にも無理があったということはあるだろうと思う。

逆にいえば、そういう状況の中で果敢に建武体制や足利尊氏に挑んで3度も鎌倉を奪還した時行の魅力は、これから語られて行くべきものであるとも改めて思った。

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