「歴史の終わりは来なそうだ」:トランプ氏の大統領就任

Posted at 17/01/23

トランプ氏がアメリカ大統領に就任して、リベラル派を中心に強い反発を見せている人が多く見られる。また、そうでない人々も、彼の粗暴な言動の側面に注目して、一様に戸惑っているように思える。歓迎している人は少なく、また冷静に分析が出来ている人はさらに少ないようだ。しかし逆に、今トランプ氏をある基準で評価、あるいは冷静に客観的に観察しようとしてその分析を公表している人たちの言葉には、かなり読むべきものがあるように思う。

トランプ氏に強い反発を表明している人々は、基本的にリベラルな人が多い。あるいは、スケープゴートにされているメキシコの人々もいるだろうが、それはまあ当然のことだろう。しかしリベラルな人たちの反発には、一面冷たい、批判的な空気もあるように見える。それは、日本において民主党政権への信用が地に落ちたこととも共通する部分もあるが、リベラルの持つ教条主義的な部分への反発が特に強いのではなないかと思う。

個人的なことを言えば、私はトランプ氏のような人物が出て来てアメリカという現代世界の権力構造の中心とも言えるアメリカ大統領の地位に就くなどと言う、世界の今までの公式的な歴史の流れみたいなことからすれば番狂わせのようなことが起こって、私は正直安心しているところがあるのだ。

それは、世界はフランシス・フクヤマが言うような「歴史の終わり」、「近代的」で「民主的」で何もかも決まりきった死んだような世界になることはなくて、何というか世界はもっと「自由」なんだなと感じたからだ。死ぬほど退屈で歴史への反発さえ許されない、そんな世界ではなく、もっとどうなるかわからない可能性に満ちた、この世界はまだ生きるに値するなと思ったわけだ。

確かにトランプのような本質と非本質、知性と野蛮、戦略と直観がないまぜになった人物が世界で最も強い権力を握ったことに、軽い戦慄を覚えないわけではない。先が見えないからだ。それを支持する人たちも、一体どこまで見通して彼を支持しているのか、そんなに長い射程で考えている人はそんなに多くないように思う。これからいったい何が起こるのか想像しにくい、世界はそういう段階に入ったと言うべきだろう。

そう言う意味で、世界は歪(いびつ)だ。しかしだからこそ美しく、新しく、力を持っていて、生命に満ちているとも言えるのではないか。

ヒトラーが西欧文明の中で徒花を咲かせて以来、インテリゲンチャを中心に、そうした予測不可能な人物に対する警戒感はとても高まったように思う。しかしトランプはそういう予測を拒絶するような人物で、その点ではアメリカ史においてアンドルー・ジャクソンやロナルド・レーガンの存在と似ている。

個人的にいえば、私はニーチェとかベルクソンみたいな世界観の方が、予定調和的な世界観より好ましい。この世界がフクヤマ的な予定調和の世界だとしたら、人間として生きる意味があまり感じられない。しかしその世界が均整に向かって行く、その対称性の破れみたいなことが現実世界に起きて、ちょっとわくわくしている感じがある。

私はフクヤマの「歴史の終わり」という考え方を聞いた時、「ラプラスの魔」に匹敵するようなすごくいやな気持ちになった。ちなみに「ラプラスの魔」とは啓蒙主義が窮まった19世紀始めの科学者・ピエール・シモン・ラプラスが言ったことで、自著によれば彼はこう言っている。

「もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。」(Wikipedia・「ラプラスの悪魔」の項より引用)

これはニュートン力学で全てがとらえられるという、不確定性原理以降の現代人に取っては否定可能な言説ではあるが、当時の科学では否定しがたい悪魔のような決定論であって、だからこそ「神」になぞらえることも可能なその「知性」を、人は「魔」と呼んだのだろうと思う。

フクヤマの「歴史の終わり」の概念は、こうした恐るべき決定論と同じような拘束性を持って語りかけて来たように思われる。世界の歴史の流れは、フクヤマのいう「歴史の終わり」に向かって、そしてその中心たる英米のメインストリーム、あからさまにいえば権力層にとって有利な形で、収束して行くしかないように見えていた。ないしは、思い込まされていた、ように思う。

だからこそブレグジットが起こったりトランプが表舞台に出て来たりして歴史はちっとも終わらなそうだという雰囲気になって来ると、その決定論に息のつまる思いをしていた人たちは、バカヤロウざま見ろ的な痛快さを感じることになったのだと思う。

とはいえトランプという人自体を支持する、と言う気持ちがあるわけではない。トランプの出現に怒りを爆発させたり、動揺したり、逆に追随したりしたいとは思わない。しかし、彼の言説や行動がメインストリームの盲点を突きまくりなところは可笑しくてしかたがない。その中には私が気づいていなかったところ、つまり私にとっても盲点だったところがいくつもあって、つまり、勉強になるなあと思う。

私にとって、トランプを評価すべき点は、まずは彼がオルタナティブであることだと思う。それは彼が世界の中心でアメリカ愛を叫んだところで変わることではない。王様は裸だと叫ぶ子どもと同じで、当分の間世界を引っ掻き回してくれるだろう。まあ4年くらいでアメリカ人も飽きると思うけど。

翻って日本を見れば、いつまでもアメリカについて行けばいい的な腐った魚みたいなことを言ってる保守の言説に無効性が突きつけてるのも可笑しいし、定規でスカートの丈を測る生活指導教師的なポリティカルコレクト的左翼の神経を逆撫でしてるところも可笑しい。トランプは超一流のトリックスターであることだけは間違いないだろう。

トランプが厳粛な顔して署名したりしてる後ろで息子が赤ちゃんにいないないバアしてる動画が本当にこの人の本質を表してて超可笑しい。

https://twitter.com/ABC/status/822620373338521601/video/1

一つだけいえば、彼の政策の中心は保護主義であって、それによる産業と雇用の維持こそが彼の主張の中心だ。市場開放規制緩和原理主義の終わりと言うべきで、それに関しては日本でも振り返るべき部分があるのではないかと思う。

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by Luke Peterson

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