イギリスのEU離脱と言う「夢の蹉跌」に興奮するだけでなく、歴史の現実も見た方がいいのではないか。

Posted at 16/06/25

イギリスのEU離脱決定から一夜明けて、まだ興奮状態です。歴史というものの容赦のなさと言うか、そういうものに直面した、まあこれは歴史を専攻したからこそ感じることなのかもしれませんが。

ネット上を見ると、違う意味で興奮している方達をたくさん見かけます。最初に目についたのがイギリスのEU離脱に激しく落胆している方々。私は正直、歴史の中の一つの出来事、という感じでとらえているので、その情緒的な反応にかなりびっくりしました。いろいろな人とやり取りしているうちにわかったのは、そういう人たちに取ってEUの国家連合、ないしは国家統合というのは「夢の実現」だったのですね。長い対立の歴史を乗り越えて一つの共同体になろうとしているヨーロッパ。その存在に、ひいては世界が一つの共同体になることも可能難じゃないかと、究極の夢を見ている人たちが、少なくとも私の見える範囲にはかなりの数でいらっしゃったということなんだなと思います。

一方で、また違った意味で興奮している方々もいる。ざまあ見ろ、という反応をしている方々です。鬼の首を取ったように喜んでる。何が嬉しいのかわかりませんが、冷笑的なシニカルな視線でEU統合事業やがっかりしている方々をdisっている。それもちょっと子どもっぽすぎるという気がします。イギリスのEU離脱という現象は、かなりの衝撃のある事件であることは確かです。株価も下落し、一気に円ドル相場も円高に振れ切った。経済的な混乱や、人の流れに与える変化は大きいでしょうし、政治的にもさまざまなところで一気に流動化して行く可能性があります。嘆き悲しんでいればいい事態ではないことは確かですが、いい気になってていい事態でもありません。

19世紀が帝国主義の時代だったとすれば、20世紀は対立と統合から世界の一体化、グローバリゼーションがすすんだ時代だったと言えるでしょう。市場経済的な一体化の進行は21世紀に入ってからますます進んでいます。その一体化に一つ大きな役割を演じたのが境界の撤廃という意味での政治的な統合の進展に他なりません。なかでもEUの試みはその最先端を行くものでした。

しかし、簡単に言えば、その政治プロセスの進行の早さ、そしてそれによって加速度をつけられた経済的なグローバル化の進展の早さが人々の生活にもたらした矛盾が、ここにきて一気に吹き出していると言えるのだと思います。話し合いで進められる政治や、お金の力や人々のより良い生活をしたいという欲望によって洪水の濁流のような勢いで進展して行く経済(お金や人の動き)に比べて、人々の意識や生活のリズムはそう簡単には変わりません。その矛盾が、いわばヨーロッパの「一番弱い輪」であったイギリスから噴出し、その理想がひとつの挫折を味あわされる、というのはある種象徴的なことだったように思います。

ここは、イギリスの国の歴史も少し考えてみるとよいと思います。

イギリスは、ヨーロッパ大陸から付かず離れずの距離、泳いで渡る人もいるくらいの距離ですし、現代においては海底トンネルで繋がってすらいる島国ですが、れっきとした島国でもあるのですね。日本はアジアなのか、と言えば、アジアという意識もあり、福沢諭吉が「脱亜論」を唱えたように、アジアから脱しようと思えば出来そうなポジションでもあります。その辺りはイギリスもよく似ています。

歴史時代におけるイギリスと大陸の交渉の歴史はローマによる征服から始まりますが、その後もイギリスは島国でもあり、またヨーロッパ大陸にさまざまな利害を持つステークホルダーでもありました。中でもノルマンの征服から百年戦争までは、イギリスはフランス国内に広大な領土を持っていたわけです。しかしボルドーからの撤退の後、イギリスはわずかにカレーを維持するだけになり、カレーを喪失したあとは完全な島国になってしまいました。その後イギリスが大陸に領土を持つことは、ジブラルタルなど海軍の拠点としての例をのぞいて(名誉革命後にオランダと、ハノーバー朝成立後にハノーバー選帝侯国と同君連合になった時期はありましたが)絶えてありません。

イギリスは産業革命を実現し世界を制覇して行きますが、その後の歴史において、ヨーロッパの域内においては、最初にアクションを起こす国ではありませんでした。ヨーロッパ大陸の歴史はオーストリアを含むドイツとフランスが、常にメインプレイヤーで、ずっと進行して行ったわけです。20世紀には政治亡命と言うとアメリカにすることが多くなったわけですが、19世紀ではイギリスにすることが多かった。それだけ「ヨーロッパとは別の場所」という側面が大きかったわけです。

しかし第二次世界大戦とナチスの惨禍のあと、ヨーロッパはドイツとフランスを中心に一体化の動きを強めます。ECからEUへの流れですね。その中でイギリスもその動きに参加しますが、サッチャー首相を始め、その動きに懐疑的な勢力は常に一定の割合を占め、通貨統合にも参加しませんでしたし、人の動きに関しても管理を厳しく保っていました。

それはイギリスが経験論の国、つまりは現実主義の国で、EU統合という「理想」に、常に一定の距離を持っていたからだと思います。

共産圏の崩壊後、EUは拡大を強めます。すでにギリシャなど「豊かでないヨーロッパ」を取り込み始めたときから危惧はあったわけですが、東欧諸国にその範囲を広げて行くことによって、域内で人口の移動が始まります。よりよい暮らしを求める人が先進諸国を目指す動きは一段と強まって来た。

先にも書きましたが、やはり結果的に見て、EUは地域的にも内容的にも拡大を急ぎ過ぎ、そこに当然生じるであろう矛盾の拡大に楽観的すぎた、ないしは「理想のためなら仕方がない」と割り切り過ぎたのだと思います。

ですから、その「揺り戻し」は、「起こるべくして起きた」ことなのだと思います。

また、先に述べたようにイギリスは大陸諸国と近づいたり離れたりしながら現在まで来ているわけですから、「近づき過ぎたから離れよう」と判断することも当然あり得ることな訳なのですね。

以上の話は、まあ一つの事態がここに至った説明ではありますが、もちろんすべてが歴史で説明が出来るほど単純な問題ではもちろんありません。しかし、歴史的な「夢」に着目して悲しんだり喜んだりするならば、歴史的な「現実」にも目を向けた方がいいのではないかと思ってこのような文章を書いてみたわけです。

イギリスは「ヨーロッパの一員」であるよりも「イギリスであること」を選択しました。しかし、イギリス自体が複合的な連合王国である以上、「純粋化」を指向すると内部の亀裂が深刻化する恐れがあります。それがスコットランドや北アイルランドの問題ですね。

イギリスはヨーロッパに対して、常に「関与」と「孤立」を繰り返して来たリズムがあるわけです。その歩みの中で、今度はヨーロッパからの離脱を選択しました。歴史的に見れば、それだけのこと、とも言えます。もちろん、それだけのことと言い切れないのがグローバル化した世界だという面もある。それだけの影響力を、この事件は持っています。しかしそれだけのこと、という側面も忘れると本質を見誤るのではないでしょうか。

政治的に見れば、キャメロン首相は国民の「良識」に期待し過ぎましたね。そういう意味では、ちょっと発想が大陸の合理論的傾向に流された部分があった気がします。もっと是々非々の対応が可能だったかもしれないとは思います。

ただこの事件で私が感じたのは、歴史というものを無視して理想主義で事態を進行させることは、必ず歴史からしっぺ返しを受ける、ということでした。歴史というものは、そんなに脆弱なものではないと思います。

そしてこれから、かなりの大変な時期はあると思いますし、ヨーロッパ統合の理想もかなり後退する可能性はありますが、その理想自体が消滅することはないと思いますし、またイギリスも大変な時期を迎える可能性は強いですが、それで滅びることもないと思います。イギリスはしぶとい、と思います。

「経済のグローバル化」はまだそう簡単にはストップはかからないでしょうし、それが進行する限り、諸国の間でこのようなアイデンティティを確認しようとする動きが必ず出て来ると思います。ヨーロッパやアメリカが後退して行く中でメインプレイヤーになりつつあるのがロシアと中国ですが、その二正面が中東と東アジアになるわけで、場合によっては各国ともドラスティックな変化を遂げないと対応が出来ない事態になるかもしれません。

いずれにしても、まずは事態を冷静に注視して行くことだと思います。

21世紀にも日本という国ないし共同体に、生き残ってもらうためには。

(以上、時間がないので取り急ぎアップします。あとで修正するかもしれません)

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