浦久俊彦『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』は19世紀音楽史を知るのに大変良い一冊だった。

Posted at 14/03/16

フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか (新潮新書)
浦久俊彦
新潮社

浦久俊彦『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』(新潮新書、2013)読了。題名から感じる雰囲気とは全く違い、19世紀中盤の音楽史・文化史を概観し、またリストという巨大な天才の生涯を概観することができる素晴らしい本だった。

リストはイメージとしてはショパンのライバルという感じで、だいたいショパン(シンパ)目線で書かれた本を読んできたので、何となくいけ好かない感じのイメージになっていたのだけど、実際にはかなり違ったようだ。

ショパンはポーランドの魂、という感じにまでポーランドとの同一化が進んでいるのに対し、リストとハンガリーの関係はもっと複雑で、そのあたりも名前が知られている割には作品があまり演奏されないこととも関わっているのかもしれない。この本では、リストは「故郷のない人間」として書かれていて、子孫もまた「リストはヨーロッパ人でした」と言っているのだという。彼はロシア・トルコからポルトガルまで、全ヨーロッパをまたにかけた演奏活動を何年も続けていて、そういう意味でコスモポリタンな演奏家の走りだったようだ。

村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくるリストの『巡礼の年 第1年』の「望郷」ないしは「ホームシック」とでも訳されるべき"Le mal du pays"などを聞いていると、確かにショパンのような華やかさはなく、また深い精神性を感じさせて、そういう意味でとっつきにくい作品であるように思った。

ヨーロッパ文化史の解釈もなるほどと思うことがあり、たとえば「エレガント」というのは貴族の美意識で、モノよりも精神性を重んじ、「シック」というのはブルジョアの美意識で、「もの」を重視する、というのもなるほどと思った。

リストはベートーベンの弟子だったツェルニーの教えを受けていて、そういう意味ではベートーベンの孫弟子にあたる。ベートーベンの後期のピアノ曲を演奏会で盛んに取り上げて、その素晴らしさを世間に知らしめたのもリストであり、「リサイタルを開くピアニスト」という存在が市民権を得たのもリストの功績だったようだ。

また同時代の音楽家の誰よりも長命だったリストは、後進の音楽家を励まし、新たな道を切り開いている。リストの娘のコジマはワグナーの妻になったが、そのワグナーよりもリストは長生きし、たまたまではあるが小島の尽力もあってワグナーの殿堂となったそのバイロイトでリストはなくなり、今でも葬られているのだという。

そのほかいろいろなことが書かれていて、すべてのことを吸収しきれていないが、この本は本当に力作だと思う。帯に「音楽の見方が一変!」とあり、誇大広告だろうと思って見過ごしていたけれども、実際音楽史の知識が足りない私にとっては、それくらいのインパクトはあった。

読んで、また聴いてみないと、この本の内容は味わい、吸収し尽くせない感じがする。

お勧めできる一冊だった。

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