「懸案を片付ける」と「心願が成就する」/モノの持つ「お話」と「良いものと付き合う」こと/2013年に見たもの聞いたもの読んだもの・その1(コンサート・映画・美術展)

Posted at 14/01/08

【「懸案を片付ける」と「心願が成就する」】

忘れていて部屋に置きっぱなしにしていたみかんを食べる。この部屋は、私のいない日には暖房も付けないので0度以下に下がる。それでいて冷蔵庫の中と違ってそんなに乾燥はしないのでひんやりとよく冷えているもののみずみずしい。東京の部屋の中においておくとすぐ味が落ちてしまうが、そういう点では放っておいても大丈夫と言えば大丈夫だ。だがもうそこにおいて3週間くらい立っているので、そろそろ食べてしまおうと毎日思っていた。のを今日食べたわけだが、最近そういうことが多い。

やろうやろうと思っていたことをついにやる。そうすると、思っていたよりももうその良さが色あせてしまうこともあるのだけど、最近は思っていたよりもみずみずしさが保たれていて、やってよかったと思う。懸案を片付ける、と言えばあまりにビジネスライクな言い方だが、心願を成就する、と言えば大変エモーショナルなことになる。一つのこともものの言いようでその位置づけが全く変わる。もっとも良い言葉を使うように心がけたいものである。


【モノの持つ「お話」と「良いものと付き合う」こと】

バタバタといろいろやるべきことを思いついては片付けている。願いを持って、それを成し遂げる、と言えばいいか。一つ一つ実らせていくのは心楽しいことだ。部屋を片付けていて思ったが、こんなものここにあったっけとか、ああそう言えばこういうものもあったな、と思うものが出て来るのが楽しいことがある。それらを、よく知ってるようなうんざりする日常的なものと見てしまえばただ機械的に「処理する」だけになってしまうが、それら一つ一つのものを見てこんなものがあったと喜び、ここにあったのかと驚き、ああよかったとモノに対してモノに接するようにではなく、たましいのある何かに接するように接していると、それがどこにあるべきかということも前向きに考えられ、自分と縁が切れたものだなと思えば「今までありがとね」という気持ちであげたり捨てたり売ったり処分することもできる。

というのはつまり、そのものがそこにあるには何か「おはなし」があったはずなのだ。簡単な「おはなし」かもしれない――前のものが使えなくなったからスーパーで適当に買ったとか――のだけど、そうでないものの方が本当は多いのではないかと思う。毎月来る市報も今まではもう整理の面倒なものとしか見ていなかったけど、よく考えてみたらそれを一生懸命作っている人がいるわけで、ということは、その人がどういう気持ちでどういう情報を伝えようとして作ったのかとか、前例の踏襲とか上司の命令とかでない部分がどこかにあるわけで、そんなものを感じながら整理していると気持ちが全然違う。

それがもう自分にとって終わったお話ならありがとうと処理すればいい。まだ有効な情報があればとっておいて使いやすくすればいい。手が回らないと言っていないで、一つ一つそのもののお話=たましいを感じながら付き合っていけば、手が回りきらないということは本当はないのだろうと思う。

実際どうしてもものが多くなるが、良いものに囲まれて暮らすというのも大事なことだ。良いものと付き合っていれば、おのずとそれを大事にして、どうやってしまったらいいか考えるようになる。収納も、なるべくよいものを選んだほうがいい。良いものを良いものにしまうと思えば、片付けもする気になるからだ。


【2013年に見たもの聞いたもの読んだもの・その1(コンサート・映画・美術展)】

さて、遅くなったけれども、2013年に見たもの、聞いたもの、読んだものなどをまとめてみようと思う。

MUSIC LIFE ポール・マッカートニー特別号 (シンコー・ミュージックMOOK)
関連書籍
シンコーミュージック

外に行って鑑賞するものでは、昨年見たのは映画が4本、展覧会が7回、コンサートが1回。コンサートはポール・マッカートニーの日本公演に東京ドームへ行ったものだが、音楽のライブ自体が相当久しぶりで、東京ドームで聞いたのは初めてだ。これは昨年の中でもずいぶん大きなイベントだった。生きているうちにポールを生で見られるとは思っていなかったからなあ。ずいぶん長い間の心の底にあった願いが成就したということだなと思う。

映画4本は7月以降に見たもので、宮崎駿監督『風立ちぬ』、新房昭之監督『魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語』、砂田麻美監督『夢と狂気の王国』、高畑勲監督『かぐや姫の物語』だ。すべてアニメおよびアニメ関係。今上映されている映画で興味が持てそうなものというのがどうもあまりないのだけど、スタジオジブリの作品とそれに関連するものは見ようと思っている。『まど☆マギ』は2011年にレンタルのDVDで見ただけなのだが、大変大きな衝撃を受けたのでやはりその続編は見たいと思って見た。

そのなかで今一番印象に残っているのは『かぐや姫の物語』だなあと思う。表現が極限にまで突き詰められている。『風立ちぬ』も『夢と狂気の王国』もよかったが、いちばん膚にきりきり来る作品は『かぐや姫の物語』だった。宮崎作品はふんわりとした夢というか、虚構の快さがいいのだけど、やはり夢は夢であり、いつかは終わりが来る、という感じがする。『かぐや姫の物語』はある意味徹頭徹尾現実で、場面の華やかさがすべて悲しさや虚しさに回収されると同時に、天国のような静けさとか霊的な波動みたいなものがすべて「生きる歓び」に回収されるという大変アクロバット的な、知的な企みに満ちた構造になっていて、そのあたりに大変感心させられた。

ジ・アート・オブ かぐや姫の物語 (ジブリTHE ARTシリーズ)
関連書籍
徳間書店

苦い現実を夢を持って生きねばと思うのか、苦い現実のかなたに生きる喜びを見出すのか。『かぐや姫の物語』はある意味メーテルリンクの『青い鳥』的な「気づきの感触」があるのだけど、『風立ちぬ』にはある意味『俺たちに明日はない』的な「行く先が分からなくても走り続ける疾走感」がある。

宮崎監督というのはそういう人なんだなと思う。どこに向かって走っていくのか、自分でもわからないまま、とにかく突っ走っていく。そしてそれがこの世でそう思って生きている人それぞれに、すごいな、自分も頑張ろうと思わせる。宮崎監督の映画は人生を四国八十八か所に巡礼に例えると弘法大師のような存在で、常に「同行二人」、一緒に苦しみ、一緒に歩いてくれる映画なのだ。

それに比べると高畑監督の方は、むしろ孫悟空を見守るお釈迦様みたいなもので、普遍の真理を「こういうものだよ」と提示する。その客観的な視線が冷たく感じる時には見るのが辛いところがあるように思う。

いずれにしても、2013年はこの二人の監督の作品が出そろい、またその拠点であるスタジオジブリを描いた『夢と狂気の王国』が制作・上映されたことは、「生きるとはどういうことか」に関するメッセージを、とても立体的に伝えた年になったのではないかと思う。これらの作品を見ることが出来て、良かったと思う。

骨 [DVD]
ペドロ・コスタ監督作品
紀伊國屋書店

美術展は7本。1月に都立現代美術館の『アートと音楽』展、原美術館の『MU ペドロ・コスタ』展に行き、3月に森美術館の『会田誠』展。11月に池袋西武ギャラリーの『諸星大二郎原画展』と『吾妻ひでお原画展』、12月に神奈川県立近代美術館の『ロシア・アヴァンギャルド』展と都立現代美術館の『吉岡徳仁 クリスタライズ』展。

どれも面白かったし、それぞれ美術展以外の要素も絡んで来るのでどれが一番とは言いにくいのだが、今までの私のアートを評価する感覚から言えば『MU』が一番良かったかなという感じはする。というかたぶんそれは、私が「これがアートだ」、と思うものに一番近いということなんだろうと思うのだけど、まあなんとも言いきれない。今「アート」として何を見たいかと言えば、そういうものかなと思う。

この続き、本・マンガ・CDなどについては明日以降に書くことにします。

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by Luke Peterson

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