ポール・マッカートニーを聴きに東京ドームへ行った:むしろ若い人たちにこそ見てもらいたいステージだった

Posted at 13/11/19

【ポール・マッカートニーを聴きに東京ドームへ行った:むしろ若い人たちにこそ見てもらいたいステージだった】

昨日はポール・マッカートニーのジャパンツアー、東京ドーム公演の初日に行った。

早めに家を出て東京駅の丸善で時間を潰したり腹ごしらえをしたりして、6時前にドームに到着。すでに大群衆になっていて、パンフレットを買うのに長蛇の列になっていた。席は2階、3塁側で、わりとホーム寄りだったので席からそんなに首をひねらないでバックスクリーン方向のステージを見ることができた。

客は予想通り中高年多め。みんなどっしりと構えていてあまり動かない。ただ私の周りの席には数人若い女の子がいて、嬌声を放っていた。ドームの席ってこんなに狭かったかなと思ったが、東京ドームに来ること自体が多分かなり久しぶりなので、もう忘れているんだろう。野球以外で来るのは多分初めてだ。

予想通り定刻より少し遅れ、あたりが暗くなって、バンドメンバーが出てきて、歓声が高まって、ポールが出てきて、"Eight days a week"が始まった。

そのあたりから頭がかなり吹っ飛んでいた。

セットリスト(こちらは大阪公演のものだが、たぶん同じだと思う)を見ると、一曲一曲がよみがえってくる。曲数は37~39曲と記事によって異なるのがどうしてかと思ったが、アンコールのラストの曲が『アビーロード』のラストの"Golden Slumbers-Carry That Weight-The End"のメドレーだったので、それを何曲と数えるかの違いだったのではないかと思う。

NEW
ユニバーサルミュージック

知らない曲は5曲、ニューアルバムからの曲は『New』以外聴いていなかったので、もっと聞いておけばよかったと思う。ビートルズが多めだった。

大学生の時にバンドでやってリードボーカルを取った"All my loving"とか、一生懸命ギターの練習をした"Black bird"とか、イントロのピアノを練習した"Lady Madonna"とかを、目の前でポールが演奏している不思議。ソロになって最初のシングル"Another day"とかWings初期のシングル"Hi hi hi"などを聞くと、当時読み漁った音楽関係の雑誌と、それを読んで自分が思ったことの記憶が甦って、でもトリップはしている、という不思議なねじれ現象が起こった。

そう、曲を聴くと当時の記憶が甦る、とよく言うけれども、あれはある程度自分の意識が醒めているからできるので、完全に飛んでいるとそれどころではない。4曲目の"Listen what the man said"のあたりではなんだかじんわり来てはいたけど、それは感情の反応というより身体の反応という感じだった。感情が麻痺していて、身体と魂が飛び出してきているというか。そうだな、魂みたいなものが感じられるとしたら、たぶんそれはこんなふうに感情が止まっているときのことなんだろう。感情というのも人の心(と言っていいかどうか)の構造の中では実は表面に近いところにあるのではないかと思った。

中高年が多いせいか周りが全然スタンディングしないので、座ったまま手を振ったり叩いたりしているうちに暑くなってきて、Tシャツ一枚になったが、周りの人たちは冬の外出着のままで、まあその辺は仕方なかった。

しかし演出は全体にポップで、トイストーリーっぽいCGとかも多用していたし、ライトワークもチカチカ系が多くてそういうのはそんなに好きではなかったのだけど、ポールの曲に合わせてそれが放たれると、不思議に合う。こういう演出も音楽の内側に入ってみるとすごくamazingな感じがして、いつも外側から醒めた目で見ていただけに、なんだか不思議な感じがした。若い人が少ないのが残念で、むしろ若い人たちにこそ見てもらいたいステージだと思った。まあ、需要が中高年になるのは仕方ないとは思ったけど、でも全然懐メロオンステージでないところが凄い。72歳のポールは今でも第一線だし、ニューアルバムの曲もずいぶん攻め込んでハードな作りになっている。

欲を言えばPAが変化の激しい曲想に少し対応しきれてなかったかなと思った。ポールのギター一本の弾き語りの"Black bird"から(ちなみにこれは公民権運動に共感して作った歌だということをはじめて知った)、超大音量のハードロックナンバー、舞台上でボンボン爆発させる"Live and let die"とかまで、音量と目立たせるべき音の質がめまぐるしく変化する。"Let it be"のピアノ弾き語りのあたりとか、少し音が割れていたのが残念だった。そのあたりは今日の公演からは改善されるとよいなと思う。まあ、こんな大会場で大群衆で、その程度の割れ方で済んでいる技術は本当は驚異的なのだが、まだまだ上を目指せるのではないかと思ったのだ。

Hey Jude

"Ob-la-di ob-la-da"や"Hey Jude"で観客に歌わせたり、次は男性だけ、次は女性だけ、と日本語で観客に呼びかけたり、何というかあのポールのサービスっぷりには参ってしまう。どこかで彼がインタビューに答えていたが、本当に音楽が好きで、本当にサービスするのが好きなのだ。こういう人が最高のエンターテイナーになるのは全く持ってもっともなことだ。

アビイ・ロード
EMIミュージックジャパン

31曲目の"Hey Jude"が一応ラストなのだけど、そのあとのアンコールで"Day Tripper"、"Hi Hi Hi"、"Get back"ときて次に「福島のために」とアコースティックギターで"Yesterday"。それで帰ろうとした(フリをした)ポールにバンドメンバーがヘフナーを渡して"Helter Skelter"。そして最後のメドレーへと続く。最後の曲は"The End"だから、これが最後だということが誰にもわかる。ビートルズで来た時の東京公演のラストは"I'm down"だったし、なんていうかそういうところの納得させるサービス精神も相変わらずなんだなと思った。

公演が終わって客席から退出し、外に出るまでが大変で、気圧の高いドーム内から外に強風が吹いていて押し出されるのが可笑しかった。ほぼ予想通り10時に外に出て、丸の内線の後楽園まで歩き、外で少し休憩。

そのころになると、何というか、今までそこにポールがいたというのがなんか不思議というかそれが現実のことになったということが信じられないという気持ちになった。

ビートルズやポールの曲を聴き始めたのは中学生のころで、そのころにはすでにビートルズは解散し、ポールはウィングスで活動していた。高校に入ったころ、音楽雑誌を自分で買うようになって、『London Town』が出るというのを知って街のレコード屋にLPを買いに行った。あのころはまだジョンも生きていたんだ。

来日が逮捕という思わぬ事態で中止になり、ジョンも死んでしまい、何となく自分にはもう生きているうちにポールのステージを見る機会もないだろうなあと思い込んで、ずっとあきらめていた感じが、思わぬ形で実現してしまって、なんだか不思議な、ふわふわした感じがまだ残っている。会いたさを30年以上こじらせてしまったんだなと思う。うん、そう。会いたい人にはあった方がいい。行きたいステージには行った方がいい。それは真理だと思う。

なんだか感情が止まって、それに蓋をされて動くことができなかった魂が飛び出して躍動していた、なんだかそんな感じがする。身体も、思うように動くことはできなかったのに、魂だけがずいぶん喜んでいた。

私は本当にポールのファンだったんだな、と気がついた。幸福な夜だった。

増補新版 ポール・マッカートニー (文藝別冊)
河出書房新社

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by Luke Peterson

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