世の中をよくしていくために、考えたこと:あのころ堀江貴文さんは何をやろうとしていたのか

Posted at 13/11/15

【世の中をよくしていくために、考えたこと:あのころ堀江貴文さんは何をやろうとしていたのか】

世の中の階層というものの特徴は、上に行けば行くほど周りが良く見えてきて、視界が広くなり、すっきりして来るということにあると思う。

そうなると、世の中を動かしている「構造」が良く見えて来る。資本主義とか何とか、言葉や概念では知っていても、実際にそれがどう言う威力を持っていて、それをどう使ったらどう動くのかとかは、階層の上の方に行かないと分からない。というか、実際に「会社」というものを経営してみないと分からないだろう。

それは多分、自動車を運転するようになって、道路や地域に対する感覚が全く違ってしまうあの感じと似ていると思う。自分が歩いたり自転車に乗ったりしている時には自動車というものは邪魔なだけだが、あたりまえだけど自動車というのはある目的地に向かって運転されているわけで、自分が運転してみると前の車がどう言う意志を持って動こうとしているのかは歩いている時と比べて格段にわかるようになる。(もちろん、動きが全く予想できないような運転の車は、近づくと危ない)

そうなると、この社会の道路という仕組み、交通の体系がいかに自動車中心で出来ているかが良くわかる。歩行者優先なんて名前だけだ。しかしそれは建前でもあり、また実行しなければ事故を起こしてしまうから実際にも従わなければいけないのだけど、しかし道路という構造が自動車を優先している仕組みであることは間違いない。

しかし、自動車に乗っていると、路傍の木にどんな花が咲いているのかとか、どこの玄関先の鉢植えが見事だとか、そういうことは感知できなくなる。近所を散歩していた頃は、季節の移り変わりを道を歩いているだけで敏感に感じることが出来たのだけど、今では大きな指標になるものがあればそういうことを感じることはできても、草木の一つ一つから季節の流れを知ることが出来た徒歩中心の頃と同じようには感じることはできない。

それは社会階層の上の方にいることも同じだ。社会の実態が見えて来なくなる。社会の自分より下のところで、人がいかに努力し、いかに戦い、いかにルサンチマンを募らせ、いかに社会を呪詛し、いかに諦め、いかに転落し、いかに底辺から立ち上がれないでいるか、ということも分からないし、給料日の嬉しさや、ちょっとした美味しいものを食べた時の喜びみたいなものも、感じにくくなるだろう。

どちらがいいとは、一概には言いにくい。ただ、いまの社会には厳然と階層というものがあり、お互いが違う世界を作っていて、その境界から向こうは極めて見えにくくなっている。

数日前に、その違う世界の間の境界を越えて転落して行ったときに、一番下まで落ちない、あるいは落ちてしまっても戻ろうとする力として、教養というものが働くのではないかということを書いた。実際のところ、もし今のこの社会が「二極分化」が進んでいくのであるとすれば、中間地帯にいる人たちも上へ上昇していくか、さもなければ転落していく例が多くなることになる。

この二極分化の動きだって、正直いつまで続くかは分からない。一度「一億総中流」という状態を実現した日本であるから―――とは言ってもけっこう幻想だったかもしれないのだけど、それでも今よりは「格差」は少なかっただろう―――そのうちまた中間層に凝縮していく可能性もある。その期をとらえて再び階層上昇を実現するには、やはり教養というものは一つの力になる、ということが、これからの時代において、実は重要なことではないかと思った。また、もし力のある若者がその重要性を認識することが出来れば、上昇のためのひとつのきっかけにすることが出来るかもしれない。何の役にも立たないと思われがちな「教養」だが、実は自己認識の上ではかなり重要な働きをするし、その認識の力は現実を打ち破って行く力を持ち得る。それは大事なことだと私は思う。

しかし、教養だけの力でそれを動かして行くことはなかなか難しい。自己認識は大事だが、それだけですべてが変わるわけではない。

上の階層の人にとって、その階層を維持するために必要なことは、いかに実態をきちんと認識するかだろう。社会の荒波の中でもまれている人たちが感じていることが、意外なくらい上の階層の人に伝わっていないのは、政治や経済の動きなどを見ていると感じられることの一つだ。そして、その実態を上手く把握した人が、上の階層の中でも勝利し、それが上手く出来ない人はいわゆるジリ貧になりやすい。

また、下の階層の人にとっては、一番見えないのは世の中の構造だ。見えない中でカンで動いていてもよっぽどの力がない限りいわゆる成功は難しい。しかし一度的確に構造をつかめば、実態の感覚的理解を生かして行けば成功することは不可能ではない。

つまり、いまの社会で一番必要なのは、上の階層にとっては世の中の実態を知ることであり、下の階層にとっては世の中の構造を知ることだということになる。

よく、「知らないやつはバカを見る」というのは、この構造のことだ。

この文章を書きながら気づいたのだが、たとえば堀江貴文さんは、かつてそのことを大声で訴えていたのだ。彼には、「なんだこんな世の中、間違ってるじゃないか」という憤りがあって、その義憤から若者をアジって(経営者になって)金を稼げば世の中は変わって見える、ということを大声で言い募り、世の中を挑発してきたのだけど、そのアジり方が「雲の上の人たち」を本気で怒らせてしまったために、ああいうことになったのだ。

世の中の構造はこうなってる、だから世の中の構造自体を変えなければいけない、というのがマルクス主義的な方法論だったわけだけど、今やそれはほぼ不可能ではないかということになってきた。そうなったら、どうするか。堀江さんは若者がどんどん稼いで階層を上昇してくれば、世の中の指導層自体が変わって行くから、それによって社会も変わっていく、と考えてああいう発言を続けていたのだと思う。

今の彼も、根本的にはそういう考えは変わっていないと思う。しかし、彼が「事件」を起こしてから数年間で、世の中の方がどんどん変わってきている。楽天やDeNAのような、15年前には影も形もなかった(見えなかった)ような会社が、プロ野球のオーナーになっている時代なのだ。もちろんその先鞭をつけたのも、近鉄球団の買収を図った堀江さんのライブドアだったわけだけど。

二流でいこう ~一流の盲点、三流の弱点~
ナガオカケンメイ
集英社クリエイティブ

しかし、上の方の階層と下の方の階層を対立的にみる見方だけが正しいわけでもないだろう。昨日書いたナガオカケンメイさんは、『二流でいこう』の中で「二流とは、一流と三流をつなぐ役割」ということを書いている。二流は一流も三流も理解できるから、三流の考えを一流に、一流の考えを三流に伝えるのが二流の役割だ、ということだ。

これは、そういう意味では社会を対立的にとらえるのではなく、協調的にとらえていると言っていい。その裂けてしまいそうな割れ目をつなぐのが二流の役割だ、ということになる。

稼ぐが勝ち ゼロから100億、ボクのやり方
堀江貴文
光文社

確かに、それはある意味そうかもしれない。しかし、それをつなぐ役目がある特定の階層だというよりは、言葉の本来の意味でのメディア=媒介こそがその役割を担うべきであって、そのメディアになる役割が必要だということは確かだ。堀江さんは『稼ぐが勝ち』の中で行っているように日本第4位のIT企業にまでライブドアを育て上げたのだから、二流というには難しいポジションだが、みずからその役割を買って出たのだと思う。あまりに戦闘的だという印象は強かったけれども。

いずれにしても、この社会がいきいきとした力を保ち続けるには―――だいぶ疲弊した面が強いけれども―――上の階層の人たちはもっと社会の実態を知らないといけないと思うし、下の階層の人たちはもっと世の中の構造を知らないといけないと思う。

上の階層で最先端のイノベーションに向かって突っ走って行く人たちはそれはそれで一つの役割だと思うが、それはそれで社会の実態を把握しなければそのイノベーションも独りよがりになってしまう可能性がある。(実際そういうイノベーションも多いように思う)そして下の階層の人たちが上の階層へトライしていく動きが皆無になってしまったら、その時こそ社会のヴァイタリティが死滅したときだと言えるだろう。

ネットは、その意味でも、社会の実態を把握する手段になり得るし、あるいは社会の構造を知る手段にもなり得る。それは、もはやネットは特定の人々のものではなく、誰もがアクセスできる場になったからだ。

そこで多くの人が社会の構造を知り、社会の実態を知って行くことによって、努力すべき方向性もはっきりするし、注意すべき事柄も分かって来る。そうなったとき、世の中がいい方に回転し始めるという希望を持つのは、楽観的すぎるだろうか。

だから、ネットで社会の構造や、あるいはその実態を、さまざまな形で読んだりあるいはその先を調べていくためのきっかけになる場を提供して行くということ、つまりメディア化していくということは、やりがいのある仕事ではないかと思う。

それは、この時代の、ある意味中心で生きるということだし、それを残していくことは、ある意味この時代を後世に向かって語り伝えるということでもある。

このブログでも、そういう文章が書けるように、目指して行きたいと思う。

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