『キレイゴトぬきの農業論』:美味しい野菜を食べるために

Posted at 13/10/02

【『キレイゴトぬきの農業論』:美味しい野菜を食べるために】

台風が近いからなのか、今日は暑い。関東と違って長野県は天気は悪くないのだが、日差しが強く、まるで遅れてきた夏みたいだ。もう太陽は、お彼岸過ぎの高さになっていて、横日が強いという変な感じの暑さ。一度勢いを失った虫たち、特に蜂がまた出てきていていろいろと困る。換気扇のところに巣を作りたいのか何匹も集っているのだが、そうされては困るのでずっと換気扇を回している。でもなかなか立ち去らない。早く寒くなれとこういうときは思うのだが、本当は私は寒さには弱いのでそれもまた困るというジレンマだ。人も虫たちも、自然の中で生きているのだなあということは良くわかる。暑いのは人間だけでなく、虫たちや草たちも暑いのだ。そして暑い時期の行動をしているのだ。

キレイゴトぬきの農業論 (新潮新書)
久松達央
新潮社

久松達央『キレイゴトぬきの農業論』なかなか読み進められない。著者は、脱サラして農業をはじめた人。有機農業に取り組む中で、有機農業や農業全体を取り巻くいろいろなことが見えてきた、という報告書のような本。その中で自分はこういう考えでこういうふうにしていますよ、という主張がはっきりしている。

まず著者は、有機農業をどうとらえているか。

1・有機農業は生き物の仕組みを活かす方法である。2・無農薬は食べる人の安全のためでなく、畑の生き物を殺さないため。(現在の農薬を正しく使えば健康に問題のある量の農薬は残留しないとのこと)3・多様な作物を育て、生きものの種類と数を増やすことで、生産力の安定と質の向上を目指す。

農業というものはもともと人間が自然を改変して自分たちに有利な作物(作物にとっては病気や虫などに弱くなるというふりがある)を育てるための仕組みであって、自然そのものではない。特にさまざまな野菜は日本の風土が原産でないものを育てているのだから、もともと無理がある。そんな中で、なるべく生きものの自然を壊さないように農薬などを使わないようにしながら野菜の成長を守るためにさまざまな工夫をして行くのが有機農業である、という立場だ。

これは「絶対に農薬を使わない」「農薬使用は絶対に人間の身体に悪い」というような、ある意味原理主義的な無農薬農業の主張とはかなり異なる。

著者は美味しい野菜を作るための三原則として、栽培時期(旬)、品種、鮮度という三つが大事であるという。そして有機農業をやっているとそれが自然に満たされるために美味しくなるのだという。逆に言えば有機野菜を標榜していてもそれらを満たしていなければ美味しくはないし、慣行農業(従来の農薬や化学肥料を使う農業)であってもそれらをきちんと満たしていれば美味しい野菜が出来る、ということだ。ただ慣行農業は畑に棲むさまざまな生き物たちを活かすということを考えていない、というところが違うのだという。

大変明確な主張で、なるほどと思うところが多い。

確かに、自然農法とか有機野菜とかいうと、なんだか神秘主義的な魔法の力を農業に期待しているようなところがあってどうかと思うところはあるし、私が以前自然食だとか有機農業というものが嫌いだったのは、ものを食べているというより「思想」を食べさせられているような感じがしたのと、実際にあまり美味しくないことが多かったということがある。しかしそういうのも偏見かなと思って入った自然食レストランでものすごく美味しい野菜料理を腹いっぱい食べてすごく感動し、それで自然食や有機農業に対する偏見はかなり払拭された。残念ながら原発事故の影響で産地が打撃を受けてそのレストランはなくなってしまったために今では食べることが出来ないのだが。

以前はコミューン運動とか人生そっちはもう投げました的な人たちが中心となって売れないけど細々とやっているという感じだった有機農業も、最近はビジネス化に成功した例もいくつか出てきたようで、私も東京駅に出店している「大地を守る会」とかお茶の水や神保町に店がある「がいあプロジェクト」や「マザーズ」などを良く使っているし、大手ではナチュラルハウスだとか東京にいればわりと気軽にいろいろな食品を手に入れることが出来る。著者は消費者と契約して配送するという形で経営ベースに乗せているようだけど、そのように大衆に向かって売るという形でなく個別契約でこなしている事業者を含めれば、既にけっこう大きな市場があるのではないかと思う。

まだ読みかけ出し、いろいろと思うところはあるし、著者の主張も賛同できるかどうか考えてみないとあまりはっきりしないなあと思うところもあるのだが、読んでいると「農業も楽しそうだな」と思えて来るところがいいと思う。日本の農業というのは基本的に「継ぐ」という考え方によって成り立ってきたわけだから、古い伝統社会のやり方や権力構造、あるいは農協や地方有力者を中心とした利権構造と密接にかかわってきてそのあたりはすごくめんどくさい。私も今でも実家は農協の組合員だし、ほとんど生産はしていないが畑はまだそれなりにある。毎日草刈りをしているのもそういうことなのだが、いずれにしても農業だけで食べて行けるほどの面積があるわけではない。

ただ、農業というものがこの世から消えてなくなるということはおそらくほぼ人類滅亡と同じことを意味するだろうし、最後までなくならない職業の一つだと思う。商品経済に頼らないで自給自足が可能なほんのわずかな職種のひとつであることもまた確かだ。

つまり、かなり明確に「生き方」に関わって来る職種なわけで、そういう面からもまた見直されるべきところはあると思う。まあそういうところに関わって来るから神秘主義にもなりかねない部分があるわけだけど。IT産業で神秘主義とか言ってたら3秒で潰れそうだ。

まあ、私自身もマクロビオティクスをはじめとする自然食の思想を参考にしているところもかなりあるし、食はある意味実際神聖なものだから、軽んじていいというものではない。生物のあり方を無視した商品経済至上主義に陥ることなく、精神主義だけで貫きとおそうという危ない橋を渡らないようにしようという著者の考え方は、ひとつの中庸を得る試みとして面白いと思う。

私は、美味しい野菜というものが世界で一番美味しいものだと思う。料理や味付けももちろん問われはするだろうけど、基本は素材が良いことが大事だと思う。いい野菜を作る人は、そういう意味で凄い人だなと思う。思想や方法はともかく、そういうものを作ろうという姿勢が、一番素晴らしいところなのだと思う。

読書中、74/204ページ。

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