「正しさ」とは何か/人間性の本質と「運」というもの

Posted at 13/08/23

【「正しさ」とは何か】

精神文化についての文章を書くことを思い立って、一口に精神文化と言っても何について書けばいいかと考えていたのだが、人が「価値」と感じるものについて書こうということで書き始めた。「価値」とは何かというのは倫理学の範疇のようなので、倫理もまた精神文化の重要な要素であろうから、それについて書こうと思った。

それを書こうと思ったのは、一つにはこの価値の問題、特に「正しさ」の問題について、あまり考えないできたということがあるからだ。観念的な価値というのは大きく言えば「正しさ」と「美しさ」になると思うのだが、特に思いの正邪の問題、行動の善悪の問題については、考えてもよくわからないし押し付けられるのも面倒だし自分が説くのもなんだか自分の本意だか何だかわからないことを言わざるを得なくなりそうでどちらにしても敬して遠ざけたいものだと思っていた。しかし翻って、「正しさ」とは何か、と考えだすとこれはそう簡単ではない。「美しさ」というのは何かというのは、まあ感覚的な感動が伴う何か、と自分なりにまとめていて、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚上の感動が伴うある種の快さを発しているもの、というような感じに思っているのだけど、「正しさ」というのは何かというのはそう簡単ではない。

常用字解 第二版
白川静
平凡社

たとえば白川静の『常用字解』などを見ると「正」とは支配を貫徹すること、なんて表現が(いま手元にないので不確か)でてきて、つまりは力を持って秩序を打ち立てることが正しい、というような感じになっている。それはまあ、通常道徳における「正しさ」という感覚とはかなりずれているわけで、まあこの辺のところはもっと考えてみないといけないが、ただ「支配の貫徹」とか「秩序の樹立」ということも「正しさ」の概念の少なくとも一部だと思えば自分にとってはだいぶ分かりやすくなって来る気がした。

まあそんなことをテーマにいろいろ書いていて、そのほかの価値としては思考から行動に移す時に判断・決断があるわけだけどその時の「適切さ」というのも重要な価値だし、最後まで成し遂げる力や大切なものを守ることもまた重要な価値だろう。また人間の持つべきスペックとして感受性・や学習力、つまり変化する力も大事だし、また逆に周囲に動かされない不動性・安定性(ぶれのなさ)も大事なわけで、そういうものを整理しながらいろいろ書いていた。

人間という存在は身体性も持っているが、それだけではなく精神性=思考力もある。しかしそれで十分かと言うと、やはりそれに加えて霊性とでも言うべきものを考えないと分からないことがあるように思う。判断力は精神の力であり判断は精神の仕事だと思うが、それでは判断するために参照するさまざまな価値は判断のように自由に個々の人間が左右できるものかというとそうでない部分もあるように思う。霊性というのはそういう意味でより大きなものにつながっている部分ということもできるし、「正しさ」「美しさ」「大いなるものへの畏怖」「清らかさ」と言った感覚は、思考に比べてより原始的で、しかもまた身体的なものとは言いにくい部分があるわけで、どう言う言葉が一番過不足なく表現できるかは難しいのだけど、ここではとりあえず「霊性」という言葉で呼んでみたいと思う。


【人間性の本質と「運」というもの】

まあその、霊性・精神性・身体性を持った存在が人間だ、ということで精神文化論を組み立てて行こうとしているのだけど、どうも書いているうちに何か足りないような気がしてきた。

このまままず清書をし、それから先を考えようと思っていたのだけど、どうも何か足りないなあと思い、自分の中からそれが何かが出て来るまで待とうと思って、昨日昼前に平安堂に出かけて本を見た。

風に吹かれて
鈴木敏夫
中央公論新社
サイゾー 2013年 09月号 [雑誌]
サイゾー

もともと、精神文化論も誰か具体的な人間の例があった方がいいと思っていろいろな人をピックアップしていて、その中で特にスタジオジブリの人たちに関心があるので、鈴木敏夫『風に吹かれて』(中央公論新社、2013)を読んでいた。この本は読み終わったので、さらに何かを深めようと本屋に探しに行ったのだが、昨日はそれでスポーツ報知の『風立ちぬ』特集と、『サイゾー』の9月号(これはジブリについても触れているが現代アートを特集している)を買った。そしてたまたま目についた萩本欽一『ダメなときほど運はたまる』(廣済堂新書、2011)を買った。

ダメなときほど運はたまる ~だれでも「運のいい人」になれる50のヒント~ (廣済堂新書)
萩本欽一
廣済堂出版

これを立ち読みしてわかったのは、つまり人間を論じるうえで上に述べた内容で何が足りないのかと思っていたのだけど、つまり「運」という要素、もっと大きく言うと「運命」とか「宿命」というもの、あるいは成功と不成功を分けるもの、幸福とそうでないものを分けるもの、という部分について触れていないということだった。

読みながら気がついたのは、私はそういうことについて考えることに抵抗があるということだった。実践の上ではそうでもなくて、自分の今日やるべきことについてタロットカードを引いたり易占を立てたりはけっこうしているのだけど、それについて人間の本質的な部分として考えることには抵抗があるということだった。

それはなぜかと考えてみると、いつの頃からか、幸運とかに頼らない、運頼みでない生き方をしなければ、と思うようになったからだ。神社に行って祈願とかはするにしても、実行するのは自分であり、何かをやる時に運とかを勘定に入れて判断しようとか、運が人生を左右するとか考えることが頭からなくなっていたのだ。

まあそれは、期待しても叶わない場合が多かったのと、期待しなくても予想外にいい結果になる場合もままあったことで、見えない力をあてにするのでなく、自分の力を尽くすことが大事なんだと思うようになったからだろう。まあ、そんなものをあてにする自分というのをかっこ悪いと感じて、そういうものに対する期待を絶った、ということもある。

しかしここにきて考えてみると、そんな期待はしないにしても、運の流れとかそういうものが全くないと考えているわけでもないし、桜井章一や羽生善治などいわゆる「勝負師」の本を読んでいてとても面白いのはその「運」や「流れ」のやり取りの部分だということは自分でもよく理解していることなのだった。ただまあ、そういうものをどう取り扱ったらいいか自分でよくわからなかったので、あまりそういうものに触れないで来ただけだった。

人間というものをとらえる、考える自分があまり考えないで来たのは、「正しさ」という価値の部分と「運のよさ」という価値の部分だなというふうに整理してみると、それなら「正しさ」について考えるのと同じように、「運のよさ」についても考えてみようという気になったのだ。そして、「運を良くする」「運気を向上させる」みたいな方法を説いているものというのは、「行動を良くする」「雑念を取り払って正しくすがすがしい考え方をする」みたいなことが書いてあることが多く、そいう言う意味でこの二つはけっこう関係が深いように思われる。まあそのあたりのところが、自分が敬遠しがちな何かがあるという感じでもあったのだなと思うのだけど。

まあそういうわけで、萩本欽一『ダメなときほど運はたまる』を読んだのだけど、ほとんど一気に読み切った。この人はコメディアンとしての才能が突出してあるという感じはしないけれども、30%を超える化け物的な視聴率を叩きだした企画力みたいなものはものすごいものがあって、読んでいるとその数字を維持するためにいかに繊細にそこに運を使っていたかがよくわかる。ある意味それはえぐいとすら感じるレベルで、そのためにさまざまな伝説さえ生まれたようだ。しかし読んでいて思うのは、彼は自分の「才能のなさ」をすごく自覚している、つまり自分が「弱い」人間だと強く思っていて、その「弱さ」を成功の種に変える才能、そういう意味での運の使い方の才能のようなものがものすごくある人だと思った。

この本を読み終えてから桜井章一の本をぱらぱらと読んでみて、桜井の凄さに圧倒された。この人は萩本がものすごく繊細に扱っている運というものを、自分が使うのではなく人に回したり、運やツキを自分から排除してどん底から流れを良くして自分のところにどんどん運を呼び込んで勝つとか、なんだかやってることのレベルが違うという感じがした。

運を超えた本当の強さ 自分を研ぎ澄ます56の法則
桜井章一
日本実業出版社

逆に言えば、普通の人にとって参考になるのは萩本のようなやり方なんだろうと思う。持って生まれた強さのようなものがなくても、運というものの育て方、使い方を知っていることによってあれだけのことが出来る、と感じさせてくれるものがある。

人生、報われる生き方―幸田露伴『努力論』を読む
渡部昇一
三笠書房

そういうわけで今日はまた運について考えていて、そう言えば幸田露伴が幸福三説ということを言っていたなということを思い出し、そのことについて渡部昇一が書いた本を持っていたことを思い出したので本棚を探したが見当たらないので本屋に買いに出た。やはりさすがに古い本らしくそれはなかったのだが、ツタヤでひすいこたろう+ひたかみひろ『運命の流れを変える!しあわせの「スイッチ」』(三笠書房王様文庫、2012)を買い、平安堂で萩本欽一『負けるが勝ち、勝ち、勝ち!』(廣済堂新書、2012)を買った。『しあわせのスイッチ』を読み始めたが、いろいろと古今の先達の言葉やエピソードなども引きつつ書かれていてなかなか面白い。この手の本は玉石混淆でなかなか面白いものを探すのが難しいのだが、立ち読みしたときに運というものが人間にとってどういうものかとか、人間性の本質にどう関わりがあるかというようなことから書かれている、あるいはそこに行きつきそうな感じで書かれている本を選べば読みでがあるのではないかということに気がついた。私は方法論に走りがちなところがある、というか案外本質論は苦手なので(あまりそうは見られないが)敬遠していた部分があるのだけど、逆に本質論的な追求をした方が方法論的にも有効そうなものを見つけられるのではないかという気もした。

運命の流れを変える! しあわせの「スイッチ」: あなたの人生、これでいいのだ! (王様文庫)
三笠書房
負けるが勝ち、勝ち、勝ち! (廣済堂新書)
萩本欽一
廣済堂出版

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