自分の中のひりひりした部分を表現し表現されること/本年はありがとうございました。明年もよろしくお付き合いくださいませ。
Posted at 10/12/31
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2010年ももうすぐ暮れていく。もう日が沈み、もうすぐお年取りの夕餉になる。
2010年を振り返る、ということをここ数日やってみたのだけど、本当に今年はいろいろな収穫があった年だった。思い切って前に進み始めた年になった。
今までも自分なりにいろいろと努力をしては来たのだけど、何かおっかなびっくりのところがあった。まあいろいろ理由はあるのだけど、今年はシンプルに自分が本当に何をやりたいのかということについて考えることが出来たのが大きいと思う。今までだってできたはずなのに、なぜできなかったのか。一つ一つ、自分を取り巻く「人生の状況」のようなものが変化してきたことは事実で、それに伴って自分も変わったからなのだけど、周りの状況が変わらなければ自分も変われないというのはどうも納得がいかないところがあるが、でも実際そうなんだから仕方がなかったんだろうなと思う。状況が人を作り、それを自分がちゃんと利用できたんだ、と思っておけばいいのかなと思う。
つまり、去年までは去年までで、また違うやるべきことがあったということなんだろう。去年までは、力をためておかなければならない何かがあったということなんだろう。
ただ、今年になってなぜ素直にフィクションの方に自分の気持ちが決まったのかについては、考えてもよくわからない。逆にいえば、なぜ今までそういうふうに気持ちが決まらなかったのか。
つまり、今までもフィクションを書いてはいたけれども、自分で書いていてあまり面白くない、いろいろある表現形態の一つという域を出ることが出来なかったのだけど、今年は出来の良し悪しはともかく、書いていて面白い、書くことが面白いという感覚を、たぶん初めて味わった。今までも小説だけでなく他のものも「書ける」とは思っても「書くことが面白い」と感じたことはなかった。特に、修士論文を書いていた1998年は、本当に書くのが辛かったが、体と心に鞭打って書いていた感じがある。あれで本当に、私は学者には向いていないと痛感したようなものだ。
フィクションを書くことの何が面白いのだろう。まあ何を書いてもいい、どんな事件を起こしてもいい、面白ければ、というその自由さが最も魅力なんだろうと思う。どうしたら面白くなるか、どんな場面を書いたら面白くなるか、というふうに考えているとどんどん「こうしたらどうかな」というアイディアが湧いてくる。それを小説にどんどんつぎ込んでいく。
今年の5月から7月に書いていた小説は、いつも必ず場面の映像から発想して書いたのだけど、上手く物語がつながらないのと、映像先行でどうも物語が深まらないという傾向があった。何と言うか自我の障壁のようなものがどの登場人物にもあってそれぞれがなかなかそれを超えて行けない。何と言うかとても妄想的な感じで、しかもあまり「面白さ」ということにポイントを置いてなかったのでどうもなかなか納得できない、腑に落ちない感じになった。面白さというものが自分でよくわかってなかったという感じもある。
と言うよりもあれだな、なんというか登場人物の中に自分が入っていけてないということなんだなといま読み返してみると思う。下手な人形遣いのようなものだ。
そういうことで言うと、10月の頭に描いた短編からあとは登場人物の中に入っていけているというか、登場人物の中に入れないような作品は書けなくなったという感じがある。
今日は実は今とりあえず何度目かの修正を終えた作品について振り返って検討するつもりだったのだけど、そういう作品はまだなかなか振り返るのが難しいようで、よくわからないのだけど、二作品前のものの問題点とかはこうして考えてみるととてもよく見えてくる。
思い起こしてみると、私は小説というものについてあまりはっきりとした考えを持ってなかった。今なら何かを読んだら「私もこういうふうに書きたい」と思うか「私ならこうは書かないな」と思うか、いずれにしても自分が「書く」という視点でその作品を評価することが出来る。で、「こういうテーマを扱ってみたいな」とか、「私にはこういうテーマは無理だな、少なくとも今のところは」というようなことも思う。
私は正直、小説という芸術ジャンルのよい読者ではなかった。まあそれは、私が読みたいようなものがあまりなかったということでもあるし、小説というジャンルの中で取り扱われているもので私が面白いと感じるものがあまりなかったということでもある。自分の中に内在して抱えているテーマのようなものに触れて来る作品というのはほとんどなく、まあ最近の村上春樹などくらいのものかなという感じだったが、なんというかそういう内在しているテーマみたいなものでも作品として書けそうだなという感触がだんだんつかめてきたということなんだろうと思う。
登場人物に入っていけないというのはつまり、テーマと設定の乖離のようなものをどうもうまく埋められないという感じだったのだと思う。設定自体が、上手く自分にとってひりひりするものに設定できなかったということなんだろうな。
そういうことは、だいぶ要領が分かって来た。
そして大きいことは、作家と呼ばれる人たち、そして読者と呼ばれる人たちもみなそういう自分の中のひりひりしている部分をいかにして表現して行くか、あるいは表現してもらうかということにものすごい切実性を持っているのだということが自分自身の実感とともに受け止められるようになったということだ。都条例の問題も、そのことによって自分の存在を脅かされると感じる多くの作家と読者がいるという事実がそこにあるわけで、そのことは無視して考えられないと思う。
書くことによって、より多くの世界、より多くの人々が見えてきたということが自分にとっては一番の収穫なのだろう。まだごく親しい人にしか見せていない私の作品たちだけど、私自身にとってと同じくらいそれを必要とする人たちがいてくれると嬉しいと思うし、届かせたいと思う。
それが2010年の収穫であり、2011年の抱負ということになる。
本年も自分勝手なブログにお付き合いいただきありがとうございました。明年もまたいろいろな形で展開して行こうと思っていますので、よろしくお付き合いくださいませ。
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