書類整理/ジャン・コクトー/ショパンとの対話/父が亡くなったときの病院への恨み
Posted at 10/02/13
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昨日。寒い一日だった。一日日が出なかった。今、このブログを書いている土曜日の朝10時半、ようやく太陽が顔をのぞかせている。嬉しい。青空が見えている。10時の気温がマイナス2.2度。午後は少しは気温が上がるだろう。最近は、すごく冷え込むという感じではないけれども、心が寒くなる感じの天気が続いていた。明日はかなり冷え込む予想のようだ。私は今夜上京する予定なのだけど、東京はどんなものか。こちらでも水を抜いておかないと必ず凍結するだろう。注意注意。
昨日は夜10時まで仕事。思ったより暇だったので、書類整理や勉強をいろいろしていた。書類整理ははじめたら切りがない感じだが、やっているうちにいろいろなことが分かってきて面白いという面がある。が、やはり疲れることは間違いない。自分の関係した書類を整理するだけで大変なのだから、父の作った書類を整理するのは相当大変だろうと思う。それだけでなく、父がどういうことを考えていてこういうものを作ったのかとか、いろいろ考えさせられてしまって、なかなかすすまなくなることは十分に予想される。わたしの今の仕事が父の仕事を受け継いだものだから、そのあたりのところをもっと理解してやらなければならないところがあるので、まあ仕方のないことなのだが、一人の人間の思想や生き方というものをいやというほど感じさせられるというのはちょっと重いものではある。
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夜10時前まで仕事をして帰宅。昨日はあまり本とかは読めなかった。『作家の家』のジャン・コクトーのところを読んだ。コクトーというのは小説家という意識が強かったが、彼の生涯の履歴からいうとむしろ劇作家、演劇製作者という面が強かったんじゃないかと思う。小説家だと関わってくるのはパトロンや編集者、出版者、それから読者くらいになりそうだが、コクトーの交友範囲は広い。まあそれは演劇というものが膨大な人たちとの付き合いを必要とするから当然で、もし小説が主で劇作が従であるとしても、人付き合いは演劇関係が相当広くなることは当然といえば当然なので、交友関係だけではかるのも妥当ではないかもしれないが、「家」という場所に関わるテーマの必然性から人間関係のことが多くなるのは当然で、それなりのバイアスがかかっていると考えた方がいいのかもしれない。
今朝は起きたとき、起き抜けの頭で朦朧と何かをずっと考えていたのだが、資源物を捨てに行かなければならないということを思い出した衝撃で全てを忘れてしまった。起きた途端に夢を忘れることがよくあるが、あんな感じだ。何ものかが出そうで出ないあの気持ち悪さと、思い出そうとして思い出せない気持ち悪さは似ている。まあしかし、隠れているものはそのうち違う形でも出てくるだろう。出物腫れ物ところ嫌わずというのは、フィジカルな意味だけではない。
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今朝もなんだか寒くて何をしたいのだか自分でもよく分らない感じがあったのだけど、『ショパン全曲解説』をつらつらと読んでいたらだんだん元気が補充されてきた。全曲の代表的なフレーズが楽譜で載っているので、「子犬のワルツ」など音が聞き取れないものも鍵盤で弾いてみることが出来るなと思ったりした。この解説も浅いものもあれば深いものもあり、音楽雑誌などもショパンが取り上げられているのはなるべく最近読むようにしているのだけど、こういうのも決定版のようなものがあると面白いかもしれないと思う。いずれにしても鑑賞者としての立場を超えることはできないが、ただ同じ制作者として、ショパンが何をいおうとしているのか、どういう工夫をしたのかということを考えるのは自分がとても刺激される。まだまだ知らない曲、聴いたことのない曲が多いのだが、音楽をきくということは、本当にその作曲家や、演奏者たちとの対話なのだと最近思う。
家計簿をつけていたら父が亡くなった日のレシートが出てきて、その日のことを思い出した。私はとかくすぐ慌ててしまうが、普段はあまり動揺することのない弟が電話口で驚き、怒りに近いような動揺をしていたことを思い出した。結局、父の死のときに側にずっといられたのは私だけで、母も息を引き取る直前になってしまったし、弟や妹たちが父に対面したのは父が自宅に戻って、もう冷たくなってしまったあとだった。そのあとの葬儀に向けての怒涛は今あまり思い出す気もしない。ただ、今朝考えていて思い出したのは、そのときの病院に対する不満とか恨みのような感情のことで、そういうものがまだ自分の中でひっかかっているところがあるんだなあと思ったのだった。そういうものが完全に晴れて、感謝の気持ちだけになるということはあるんだろうか、と。
そう思うのは、そういう不満を、父のためにも忘れてはいけないという気持ちがあるからだなと思ったのだけど、でも一方で、自分が体調的にあまりすぐれないのは、そういう不満がひっかかっていることもあるのかもしれないとも思ったのだった。
もし、父が治って、無事退院していたら、いろいろ日々感じた病院の看護や医療に対する不満のようなものも、わりとどうでもよくなっていただろうと思う。まあいろいろあるけど仕方ないよね、でも治してくれてよかった、という思いになっていただろう。ということは逆にいえば、不満が残っているのは、治らなかったから、父が死んでしまったからであって、それはつまり父の死への不満、もっといえば人の死への不満というものを、病院に対する不満にすりかえてしまっている部分があるのかもしれないと思ったのだった。
人が死ぬということはどうしようもないことで、それは理解しているつもりであっても、眼前にそういうことが起こるとやはり「どうして?」という割り切れない思いが生じるのだなあと思う。その割り切れなさを、一番分りやすく説明してくれるのが、病院が十分なことをやってくれなかった、と考えることなんだろうと思う。しかし、本当はそれはそうではないことは、本当はわかっているのだろうと思う。その局面において、人の死の割り切れなさまでは、なかなか背負いきれないという面があるのだろう。人は死ぬものだ、ということを腹にすとんと入れておかないと、この不調は続くだろうなあという気がする。本当はわかっているのだから、あとは腹に落ちるだけだろう。それが時間が解決することなのか、私の生命力が解決することなのか、まあどちらにしても同じことなのだけど。
父からしっかりしたもの、ある種のバトンのようなものを受け取ったという実感が湧けば、おそらくはすっきりするのだろうと思う。そういう意味では、やらなければならないことはいろいろあるなあと思う。父のやっていたことの中で、自分の関心と重なる部分のことは自分にも刺激になるし、重ならない部分のことはまあどうしても通り一遍になってしまうとは思うが、それも父の重要な部分であることは確かなので、一度は触れていかないといけないんだろうなあと思う。
まあそういう思いも、少しずつ整理していかなければならない。書類を整理する、というのはそういうことでもあるなあと思う。遺品といっても、父の残したものはほぼ膨大な書籍と書類だけなのだから。
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