シンタックスがずれていく/ウェブ日記の成果

Posted at 10/01/02 Comment(0)» Trackback(0)»

今日、お昼の12時25分初の特急で上京。混んでいて指定が取れなかったが、座れたので助かった。車内ではツイッターで箱根の中継を時々読んだり(柏原はすごい)、『小林秀雄をこえて』を読んだり。

小林秀雄をこえて―対談評論 (1979年)
柄谷 行人,中上 健次
河出書房新社

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シンタックスがずれていくのが日本語の文章の魅力、という中上健次の主張を読む。中上健次って実は読んだころないんだけど、こんなポストモダン的なことをいう人なんだと初めて知った。私も書いている途中で、シンタックスがずれていくような文章をよく書くけれども、それは途中で考えていることが変わるからだ。こういうところに書くときはなるべくつじつまを合わせるようにはしているけれども、本当はつじつまが微妙にずれているのに読んでいてあまり不自然さを感じないような、そんな文章がいいなと思うときはわりと合って、そういうセンスは中上と共通するところもあるのかもしれないと思った。ただ、そういう文章というのは思考の痕は追えるけれども全体像がつかめない。まあそのつかめない感じがいいのかもしれない。

それに関連するけれども、というか何を読んでそう思ったのか忘れたが、私の文章には「私」がいる、ということは間違いないなとは思った。そうそう、他の人のブログを読んでいて、その人にはその人の「私」がいる、ということを思ったのだった。たとえば「テキスト庵」に書いている人というのは、みなその人なりの個性がある人が多い。それぞれ、特に個性を出そうとしているわけではないと思うのだけど、文体に滲み出るような個性がある。敢えて作ってる人のほうが不自然ぽくて変な感じがする。私も、こういう文体にしよう、と思ってるわけではないのだけど、書いているとほぼ毎日同じような私のいる文章になっている。それはたぶん、もう11年目に突入したウェブ日記のひとつの成果なのかもしれない。

ムダヅモ無き改革(3) (近代麻雀コミックス)
大和田 秀樹
竹書房

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帰りに東京駅の丸善に寄って、カレンダーを二つと『ムダヅモ無き改革』の第3巻、『風雲児たち』の第16巻を買った。『ムダヅモ無き改革』、パパブッシュの死は連載でたまたま読んだときも泣けたが、今回も泣いてしまった。『風雲児たち』、最近は連載で読んでないので単行本派になっているが、今回のストーリーはなかなか読みでがあった。安政の大獄あたり、いろいろ知っているエピソードもあるが知らなかったこともあり、面白い。

風雲児たち 幕末編 16 (SPコミックス)
みなもと 太郎
リイド社

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