『へうげもの』:山田芳裕と古田織部の共通点/学問について思うこと
Posted at 09/02/24
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昨日。昼前に出かけ、銀行や郵便局でいろいろと用事を済ませてから、日本橋に出る。メインの目的は丸善でモーニングページ用の原稿用紙ノートを買うことだったが、ふと榮太楼のご飯が食べたくなり、12時15分という一番混んでいそうな時間だったが、入店した。
ランチ目当てのOLが多いだろうという予測は外れ、ほとんどが背広姿のサラリーマン。そうかそういう位置づけなんだと納得。1000円前後でほどほどのボリューム感と、老舗の和菓子屋らしい美しい食器の並べ方。私は二重御膳(だったか?)にしたが、海鮮重と焼肉重の二つがあって、ボリューム的にも味的にも満足。食後にプレッセにいって夕食の買い物をして帰る。
最近村上春樹のことをよく書いているが、現代の文学と社会、それもかなり倫理的な側面、と双方に関わる話題というのは実は最近はかなり珍しいことだと思う。しかし実はそういう話をしたかった、という人がたくさんいるということが今回の件で明らかになった。みなそんなにただ過ぎ去っていく日々の話題をこなしているだけでもなく、根本的な問題について考えたいと思っている人も少なからずいる。もしそうならば、そういうことをこのブログの場で論ずるのも意味のないことではないと思う。丸善で本を物色しているときに水村美苗の『日本語が滅びるとき』があって、あまりそこまで手を出す気がなかったのだけど、読んでみてもいいかなと思った。文章を書くためとか、本を書くためということではなく、本質を追究するために読んでみる、という読書が最近減っていた。何かを知るがための読書はもちろん多いのだけど、それが自分の本質まで食い込んでくるものはそう多くはない。しかもそれを読んでもらうに堪える文章として結実させるのは相当大変なことだ。ここではあえて未熟で不十分ではあるが思考の過程をなるべく書こうと思って書いているのだけど、それでも途中であまりに飛躍してしまうことも多い。練った文章を書くというのは大変なことだ。
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もうひとつの目的は山田芳裕『へうげもの』8巻を買うこと。『モーニング』誌上で読んだ部分がようやく出てきた。しかしまだ飛び飛びなので完全に連載に追いついているわけではない。
このマンガは、史実をかなり思う様改変している。「事実でなく真実を追求している」と作者本人も書いている。その姿勢には異論もあろうが、史実としてわかっていることだけを書いていては物語にならない。最近では大河ドラマもずいぶんこれはどうかなという改変が多くなってきて「歴史もの」は史実とは違うのだという認識も出てきてはいると思うが。
この巻の展開では明智光秀が辞世の歌を詠んだという話が鍵になっている。それは「月さびよ明智が妻の噺せむ」というもので、利休は下の句すら排した明智に真の侘びの精神を見、明智を陥れた自らの罪業を思い知らされるという展開になっている。この句はどこかで読んだことがあると思っていたが、松尾芭蕉の句なのだ。それを明智の辞世に持ってくるというのはかなりの大技である。
そのほかにもいろいろと趣向はあるが(まさに趣向という感じだ)、こうした自由自在なエピソードの改変の仕方に、私はこのマンガの主人公になっている古田織部にまつわるひとつのエピソードを思い出した。
古田織部は非常に創意工夫に溢れた茶人であり、特に織部焼のような新しいものを侘び茶に持ち込んで茶を華やかな機知溢れる物にし、また食器の新しい形を創造して日本文化に新風を吹き込んだ存在として知られている。文献に乏しいので実際そのような作陶過程にどこまで関わったかは不明な点があるらしいが、少なくともクリエイティブディレクターのような立場で新しい茶、つまり文化体系を創造したことは間違いない。
その織部は必ずしも伝来の「名物」を評価せず、侘びた風情を出すために唐物(中国・朝鮮伝来の貴重とされる道具群)の器の絵をわざとはがしてみたり、傷つけてみたりして面白がったと伝えられている。茶書ではその織部の所業を非難し、極楽往生の出来ぬものと決め付けているものがある。また織部自身もその業の深さを認めていたという。
山田が桃山時代の史実を自在に操って奇想天外な展開を作り上げる手法はまさに織部が唐物を毀損してその面白さを見出す徹底した、ある意味歴史そのものをぶち壊しにしてしまいかねない危険な数寄のように思われる。ひびの入った水指を面白がり、茶席を水浸しにしてしまいそうな勢いだ。しかし織部とはこういう人間、利休とはこういう人間、秀吉とはこういう人間という山田の信念がその物語の改変に力を与えていて、読むものを面白がらせる。卓抜な腕前であるとともに、その読みの深さに感心させられる。
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『能・狂言の基礎知識』現在194/285ページ。実際に能楽が維持され、上演される全体像がコンパクトにわかりやすく、そしてこれが大事なことだが面白く興味深く書かれている。舞台に関わる人々の分業制について、こんな仕組みになっているのかと感心した。歌舞伎にしろ能にしろ、伝統芸能というものはそういう組織・人間関係においてなかなかどう動いているのかわからないところが多く、原則というか組織構造を簡潔に理解できると舞台への興味も高まるように思った。これだけのものにまとめるのは相当ご苦労があったのではないかと思う。
『古田織部』220/294ページ。香合、食器のあたり。著者は考古学者で、学者的な慎重さで書かれているのでなんとなく曖昧な感じがしてしまうのが残念だが、それはそれで意味のあることなんだろうと思う。
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お世話になった偉大な先輩に手紙をいただき、その返事を書かなくてはと思いつつ、最近、学問というものに心惹かれないのはなぜなんだろうということを考えていて、思い当たることがあった。
が、ちょっとケンカイに過ぎるなと反省したのでもう少し考えてみてからアップしたいと思う。
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