夢見/花を生ける
Posted at 09/01/14
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昨日帰郷。車中では、『まんがで覚える生け花入門』を読む。分りやすいし、堅苦しい決まりのようなことはあまりかいていなくて、読みやすい。まあしかし、読んでマスターできるというものでもないが、花を生けたいという気持ちは高まるものだった。
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信州に帰ると、雪がかなり残っている。道路はそんなにないが、少し横にはまだ積まれているところも多い。今朝は気温がマイナス9.7度まで下がった。かなり寒い感じはするが、まだ水道は凍らない。朝少し出が悪いときがあったから、どこかが凍りかけていたのかもしれない。
今朝は松本に出かけるつもりだったが、少々夢見が悪かったので、易を立ててみると旅には最悪という山火旅の三爻だったので取りやめにした。塩尻峠が凍結などでやばい感じがしたのだが、「山上火あり」なんて卦なんだから。ほかにやらなければならないことも色々あったので、予定変更。ほかにもいろいろ懸案があり、占ってみるとどれも良くない卦が出る。どうも自分の未熟さを自覚しろという卦が出ている気がする。初心に返って出直すべし、という感じか。
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朝食後車で出かけ、郵便局でお金をおろして職場で少し用を足し、お城の近くのセブンイレブンで『コミック乱TWINS』と『スーパージャンプ』を買い、図書館へ行って『フィリピンの事典』(同朋舎、1992)を借りた。本当はフィリピンの歴史の本を借りた買ったのだが、残念ながら見当たらなかった。東京の図書館で探した方がいいか。財布の中を貸し出し券を探したが見つからず、貸し出し券なしで貸してもらったが、改めて探したら出てきて苦笑。
その足で綿半に行き、花器を二つ、ガラスの低い丸いのと陶器の長いのとを籠に入れ、あと鋏と花束を二つ買った。剣山なども売っていたのでそんなにちゃんとしたのでなくてもよければ結構買えるのだということを知る。最近綿半に買い物に行ったら鯛焼きを買うのが習慣になっている。
帰って来てまんがを二冊読了。スーパージャンプの方が充実しているとは思ったがモーニングとかと比べるとどうなんだろう。習慣で買っている雑誌は整理した方がいいとは思うのだが、切るのもなんとなく切りにくい。
読み終わって花を生けにかかる。花束に白梅の枝が入っていて、日ざしのなかで見てその美しさに陶然とした。生け方も写し方もまだまだなのだが、花というものは存在そのものが美しいので本当に見ていて飽きない。

池坊専永『はじめての池坊いけばな入門』を読む。生け花って決まり事が多いんだなと驚いた。生ける楽しさというより、きまりごとを一つ一つマスターしていくのが池坊のやり方なんだなと思った。決まり通りに生けた作品が本当に美しいかというとちょっと良く分らない。うまくまとまるコツのようなものはもちろんあると思うし、型破りなものをやるためにはまず型を身につけなければいけないということも分るのだが、あんまり型ばかりだとどうしても辟易してしまう。でも型の本を少し読んだだけで、自分が正月にいけた花がいかに型から外れているかがわかってちょっとイヤになる。「定石を覚えて弱くなり」という格言が囲碁にはあるが、型というものを覚えるときにみな感じる葛藤ではある。
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"夢見/花を生ける"へのコメント
CommentData » Posted by shakti at 09/01/14
アンダーソンの『比較の亡霊―ナショナリズム・東南アジア・世界 (単行本)』を読むと良い。論文集なのだが、私が感激したのはリョサを論じた論文。彼はサイード、イーグルトンと並ぶ一種の文芸評論家なのです。そしてもちろんホセ・リサールを論じたもの。原文を以前読んだが、非常に興味深い。アメリカ以後の世界を分からなかったリサールの小説というテーマ。
CommentData » Posted by kous37 at 09/01/15
アンダーソン、と言うと『想像の共同体』のアンダーソンですね。
リサール論ですか。
機会があったら探してみたいと思います。
いま、『フィリピンの事典』を読んでますが、フィリピンというところは私たちの考える(少なくとも西洋史をやっている日本人が考える)国家というものとかなりかけ離れたものだなと思えてきました。なんだか「国家」というより「群島」という感じです。東南アジア諸国の中でも飛び抜けて国家の凝集力が弱い感じがしますが、そうでもないんでしょうか。
CommentData » Posted by shakti at 09/01/15
>東南アジア諸国の中でも飛び抜けて国家の凝集力が弱い感じがしますが、そうでもないんでしょうか。
その通りです。一つには伝統的な国歌がないことです。(なおフィリピン人の伝統という概念は、スペイン時代ということです)。フィリピンの時代劇というのは、要するに、スペイン下フィリピンのドラマです。江戸時代が植民地だったみたいなものともいえます。しかも、江戸時代以前の歴史は考古学の対象ですか。
もう一つはスペインには国歌制度を構築する能力がなかったということです。
さらにアメリカは議会制度をもたらし、分権制度に拍車をかけました。
CommentData » Posted by kous37 at 09/01/15
植民地時代が『伝統』というのでは、アイデンティティが成り立ちませんね。
というより、支配されることがイコール伝統になってしまった、ということなんでしょうかね。
旧スペイン植民地は中南米でもなかなか確固たる国家にならない感じはありますね。スペイン自身が近代国家になる前に植民地国家になってしまったということはありますが。
フィリピンには「支配民族」といえる存在はあるのでしょうか。それがないと、ユーゴスラビア的な瓦解の可能性もあるのかなと。…うーん、それにしてもヨーロッパの国のケースのアナロジーではどうもうまく説明できない感があって、難しいです。
CommentData » Posted by shakti at 09/01/16
>フィリピンには「支配民族」といえる存在はあるのでしょうか
主な民族はタガログ、イロカノ、セブアノ(ビザや)ですが、いずれもマレー系のキリスト教平地民です。主要民族としてはムスリムは弱小なので入らないということです、というわけで宗教的要因による深刻な対立は起きないとも言えます。また、アフリカなどとも異なり、部族闘争みたいなこともないでしょう。
そう考えると、最悪ではない国家と言うことになるのかな。マルコスにしても、イロカノ民族の首長というわけではありませんでした。(嫁はイロカノじゃないし。。選挙で勝つには、イロカノだけでは無理。首都圏のタガログが団結して地方を搾取するという構図にもなりがたい)。
CommentData » Posted by kous37 at 09/01/16
低地キリスト教徒のことについては今日のブログにも書きましたが、この人たちがいわゆる「フィリピン人」と考えていいわけですね。クレオールやメスチーソも基本的にはその中に位置付けられるわけですよね。だいぶイメージが分ってきました。
しかし国家構造として強大化することはほとんど不可能のような感じがしますね。まあそういうことを望んでもいないのでしょうけれども。