批評的であることと政治的であること
Posted at 08/09/03 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
午前中の頭が冴えている貴重な時間をブログの更新に使うのはどうももったいないと考えるようになったので、夜の空いている時間に更新することにした。今日は朝更新しているので書くことはあまりないけれども、思いついたことをつらつらと。
堀田善衛『ミシェル 城館の人』第二部は現在272/494ページ。モンテーニュの『エセー』が「批評」である、ということは今まであまり認識しなかったけど、いわれて見たらそのとおりだと思った。「批評というものが他を通しての自己発見、自己表現であること」というのはそのとおりで、目から鱗が落ちる思い。一つの問題について主義主張に囚われず、ほんとうには自分はどう思うのか、どう考えているのかということを掘り下げていくことが批評の本義なのだと思った。ということは、批評と政治とはかなり異なる。自分が書いているブログは時に政治的なときはあるが、十分に批評的ではないなあと反省させられる。
塩野七生『ローマ人の物語』34巻、[迷走する帝国・下]、現在154/216ページ。34巻は一気に読んでいる感じだ。260年の皇帝ヴァレリアヌスがササン朝ペルシャのシャープール1世に捕えられた事件が、ものすごく大きな波紋を読んだ様子が印象的。何度もくりかえすが、この時代については知らないことが多くて、いちいちへええ、と思う。いわゆる軍人皇帝時代はとにかく混乱していた、ということしか知らなかったが、細部を見ていくとそれぞれの皇帝の努力もあり、面白い面も多々ある。それにしても、ヴァレリアヌスの捕囚後、ガリアにはガリア帝国が自立し、オリエントでは女王ゼノビアの支配下にパルミラ王国が自立してローマは三分状態になっていたということは知らなかった。
またこの期間、元老院と軍人が明確に分離されたこと、また重装歩兵主体だったローマ軍がゲルマン民族の侵入に対抗するために軽装騎兵主体に変わったことなど、ローマ帝国自体の性質に重大な変化が起こったことなど、大変興味深いと思った。
仕事は比較的暇。これは外的条件からやむをえないのでまあこんな日もあるということ。
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