『食べる西洋美術史』:女性ヌードの演出の仕方/食べることと生きることと死ぬこと

Posted at 07/02/21

昨日。朝はいろいろなことをやろうとしてかなりばたばたした。9時前に友人から電話があって20分くらいで切ろうと思っていたのについ1時間近く話し込んでしまったからだ。慌てていろいろ片付けて家を飛び出し、日本橋で降りて八重洲口へ。東京駅は工事が進んでいてつい自分の現在位置を見失ってしまい、かん違いしてJR東海のカウンターで特急の回数券を買ってしまったのでびゅうカードのポイントが3分の1になりますよといわれてしまった。急いでいるからいいです、といったものの本当はJR東日本のカウンターもすぐ近くにあったのだ。やはり時間には余裕を持って行動しないといけない。

いつものお弁当屋さんでお弁当を買って中央線に乗り、新宿で特急に乗り換える。車中では『食べる西洋美術史』を読み進める。

食べる西洋美術史 「最後の晩餐」から読む

光文社

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面白かったのはマネの「草上の昼食」についての記述。私は今まで、黒い服を着た二人の男と裸の一人の女性が描かれているこの絵で、女性が裸なのは何の意味もなくぽおんと放り出されているのだと思っていた。だからスキャンダルになったと思っていたのだが、実は後に水浴から上がった薄い白い下着(シュミーズ?)のようなものを着た別の女性が描かれていて、つまりこの裸の女性は水浴びから上がったところだという状況設定が一応あるのだという。しかも、この絵は実は先行作品の下敷きがあるのだという。確認はしていないが、ジョルジョーネの「田園の奏楽」やラファエロの原画に基づくライモンディの版画「パリスの審判」がそれだという。「田園の奏楽」では森の精であるニンフと当時の服装(ルネサンス時代ということだな)をした男が二人ずつ牧歌的な田園で楽器を奏でているのだという。なるほどそれなら女性が裸でも違和感がないが、それはまた全体を夕暮れのような柔らかい光と影が包む、という「名画調」の演出がされているという条件も重要で、マネの場合は其の設定を19世紀の現在に持ち込み、ニンフを現実の女性に変え、しかも柔らかい明暗の階調をほとんど配してフラットな色面のような描き方をしたために、裸婦がものすごく現実的に見えて、それがスキャンダラスだったということらしい。

喩えが適切であるかどうかは判らないが、まあ言えば芸術映画における女性のヌードとアダルトビデオにおける女性のヌードの違いか。いや、AVにも違う意味での演出はあるからむしろ素人ビデオにおける女性のヌードとでもいえばいいか。つまり演出的なライティングがしてない状態ということだ。

そしてそのように言われると、印象派の出現をもたらしたといわれるマネのこの絵の意味が非常によくわかってくる。「名画的な演出」を排し、「白日のもと」に「ありのまま」の光を描くというのは非常に挑戦的な手法だったのだ。

ルノワールの「舟遊びたちの昼食」についての記述も興味深い。おしゃれな男女の織り成す華麗な雰囲気を描くことが目的、といわれると、なんと言うか「名画」としてこういう作品を見る視線のようなものが馬鹿馬鹿しい感じがしてくる。つまりは現代で言えばファッション映画のようなもので、と言っても私が思い出すのはオードリー・ヘプバーンとフレッド・アステアが主演の『パリの恋人』(Funny Face)だが、ああなんだか素敵だねといっていればいいものなのだ。そしてそれはつまりは風俗画ということで、見掛けは全然違うがブリューゲルとかのルネサンス期のにぎやかな楽しい絵の伝統と同じ線上にあるものなのだ。

いずれにしてもそこで扱われた食事というものが、「自然の中で行われても、たちまちそこを親密な場に変える」ものであり、「食事は人と人を結びつけるだけでなく、自然と人間を結びつける力を持っているのだ」という指摘は頷ける。「印象派の画家たちが風景と人物、外交と人間の動作、自然と人為、田園と都会、伝統と現代風俗などを調和させる主題として、屋外の食事の情景を選んだのはごく自然なことであった。」というのはなるほどと思う。

そのほか断片的に。ドガの「アブサン」やホッパーの「ナイトホークス」に現れるドラマ性。何というか「名画」という視点を外してみるととても迫ってくるものがある。絵を見るときに自分の中にはあまりそういう教科書的というかお勉強的な視点はないつもりだったが、やっぱり結構あったんだなあと思う。まあ一定は仕方がないのだが、そういうものが外れて自由に見られるようになってくると、絵というものの魅力が倍加したような気がした。

ヨーロッパでは野菜が農民の食べ物として蔑視されていた、ということを昨日書いたが、そういう文脈で言うと現代のヴェジテリアンというものの存在は面白い。やはりヴェジテリアンというのには権威に反発する姿勢というものが基本的にあるのだと判る。もちろん60年代に流行した「インド」の、菜食主義のようなきっかけはあるにしても。単なるヘルシー指向とは違う、まあある意味でのイデオロギーなのだ。食べ物に関するイデオロギーであるだけに人間の体に物理的な影響を及ぼすけれども。

ピカソにおけるパンのエピソード、スーチンにおける肉のエピソードも面白いが、スーチンが肉を買ってきていつもそれを腐るまで描きつづけたために悪臭を放って警察に通報されたというエピソードは笑う。そういうアーチストは魅力的だが回りは大変だ。

日本の「ムカサリ絵馬」。若くして死んだ息子や娘たちのために、亡くなった子供たちの存在しなかった結婚式の状況を描き、それが奉納された絵馬である。一番描かれたのは戦中戦後である。戦地で結婚できずに死んだ息子たちのために、多くの絵馬が奉納されたのだ。これは靖国神社に多数奉納されている「花嫁人形」と同じなのだ。老いるまでの人生を全うできずに亡くなった若者たちの無念を慰める老いた親たちの思いがそこにある。彼らのために何が出来るのか。子孫なくして死んだ若者たちを祭り、霊を慰めることの痛切な意味がそこにある。それが鎮魂の霊場としての靖国神社や護国神社の意味にもつながる。

円谷幸吉の遺書。久しぶりに読んだがやはり泣いた。「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。干し柿、餅も美味しゅうございました。」で始まり、延々と食べ物の近親に対するお礼がつづられているあの遺書は、それ自体が円谷の「最後の晩餐」なのだ。「幸吉は疲れてしまって、もう走れません。」生きることが走ることであった円谷が、走れなくなったということは生きられなくなったということであり、近親の愛情と食べ物への素朴な感謝の気持ちを表明して死んでいった円谷の死は、とてつもなく悲しいものでありながらある種の幸福さえ感じさせる。人間が生きることの意味、死ぬことの意味が、食べることといかに関わっているか。

結局は、この本の主題はそのことだったのだなと思う。著者はこの本の執筆中までは相当なグルメであったそうだが、脱稿後に膵臓を壊して入院し、「入院していた下町のすさんだ病院で、死と食が混在するような阿鼻叫喚を見聞して」、「退院後は、酒、タバコはもちろん、大好きだった脂っこい食べ物や激辛料理を絶たなければならなくなり、根本的に自分の食生活を見直す必要に迫られた」のだという。その経験を経てこの本の内容も相当書き換えたそうで、そういう意味では著者が文字通り身を削って書いた本だなと思った。そしてそういう本には必ずある渾身の気迫が、この本にもこめられるいると思う。読了。

帰郷後、午後から夜にかけて仕事。あまり忙しくはなかったが、こまごまといろいろあった。夜と朝と、何度かダイアルアップで接続してみたがうまく接続できない。朝更新したのだが接続できず、結局早めに職場に出てきた午後になってようやく接続できた。

ジャストシステムがブログサービスを開始。xfy Blog Editorというのが使えるそうだ。これはジャストブログだけでなくムーバブルタイプやほかのいくつかのブログサービスでも使えるのだという。まだ使っていないが、こういう開発者系のサービスは先が楽しみだ。

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