9.内藤正典さんの「となりのイスラム」を読んだ。西欧近代思想とイスラムの思想は「根本的に相容れない」が「共存することは十分可能」だということが重要なのだなと。(09/10 11:28)


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そう言う危機的な状況の中で生まれてきたのがイスラム過激派、特に昨年の時点で大きな問題になっていた「イスラム国」であり、それはいわば「イスラムの病気」であると著者は言う。

以上述べてきたことにより、このイスラムの病気に対する根本療法の処方箋として、領域国民国家体制を見直し、イスラム国家が樹立され、カリフがその中心となることを、この本では明示はしていないが、それを暗示しているところで終わっている。

ある思想が社会に広がる時は希望を持って語られていくが、それが弾圧され、地下に潜らざるを得なくなると先鋭化・過激化し、原理主義的になっていく=純粋化していくとともに暴力的になっていくことは日本の自由民権運動や60-70年代の左翼思想の過激化などを見てもある種のおきまりのコースだ。

テロリズムは当然糾弾されるべきことなのだが、アメリカの空爆が全てを解決するわけではない、と言うのは全くその通りだ。日本人は西欧人に「日本人は我々の価値観と結局は相容れないのではないか」とみられることを極度に恐れ、反発している人々が多く、西欧近代の「自由と民主主義という理念」を自ら選び取ったのだと考えたい人が多い(安倍首相もことあるごとにそう言ってる)が、西欧の側からすれば「強化は成功しているし時々それを疑ってやれば日本はさらに西欧化が進むだろう」くらいに考えられているのだろうと思う。

それは、第二次世界大戦での敗戦によって日本は「西欧の価値観を受け入れないとまた西欧、つまりアメリカなどの「国際社会」にどんな制裁を受けるかわからない」というトラウマを植え付けられているからで、PCやフェミニズムに対する反発は日本ではアメリカでのようにリベラルに対する反発というだけでなくそういう植民地主義的近代主義に反対する民族主義的な心情も伴っていることからもわかる。

西欧の側は根本的に西欧近代思想以外の思想を認めようという気がない、というか一時期はマルチカルチャリズム、多文化主義がリベラルの間でももてはやされたが、今ではヨーロッパのリベラルの間でも「うちの隣にいなかったらどんな文化を持っててもいい」みたいな感じになっていて、「「閉鎖的で不寛容なイスラム」から離れて暮らす自由もあるはずだ」というのが本来右翼思想のないオランダなどでの排外主義につながっている、という指摘がこの本にはあって、それはなるほどと思った。

結局は共存する上ではお互いにお互いを知り、譲るべきところは譲り、守るべきところは守る、折り合いをつけ適切な心理的距離を取りながら生きていくしかないわけだけど、それがなかなかできないのが人間というものかなと思う。

だからこそ、最初に触れた「西欧近代思想とイスラムの思想は「根本的に相容れない」が「共存することは十分可能」だ」という思想が重要になってくる、ということなのだと思う。

この本はイスラムの現状について自分の知識の欠けているところ、理解の足りないところを補ってくれただけでなく、いろいろなことを考えさせてくれた。お勧めしたい本だ。

少しこの本を離れたことを付け加えておくと、最近よく使われる言葉でこれから鍵になると思われる言葉は、「合意」と「取引」ではないかと思う。

首脳間の会談などでも日本では「?の点で一致した、合意した」ということに重点を置いて報道される。しかし、アメリカのトランプ大統領を評した言葉で、「彼は合意よりも取引を好む」という言葉があって、ああその手があるよなあ、と私は思ったのだった。

合意した、というのはいいことのように思えるが、思想的なことでの合意というのは結局は一方が一方を完全に受け入れるか、あるいは受け入れを強制するかしかない。しかし取引ならばここからここまでは認めるがここからは認めない、ということが可能だ。

例えば、ヘイトスピーチは一切認めない、それは妥協を許さない、と主張するのはいいが、それならばどこからどこまでがヘイトスピーチなのかを誰が認定するのか、という問題が必ず起こる。反差別団体が独善的なのはそれを認定するのが自分たちだと思っている点で、彼らは自分が反対者に口を極めての時に非常に差別的な言葉を用いて攻撃するのに自分たちの言説は正義だからいいのだ、と主張する点で、それでは理解は得られない。彼らは合意という名の屈服を求めているだけだからだ。

しかし異なる価値観の人の共存という時には、必ずどこからどこまでは認め、どこからは許容しないという取引による妥協が必要となる。アメリカのリベラル=反トランプ対トランプの争いを見ていてもリベラルの側が極めて狭量に、滑稽に見えるのは、トランプが常に適当なところで妥協しても構わないという姿勢を見せながら応対しているある種の余裕を見せているからで、トランプという人がタフな商売人であることをうかがわせる一方、リベラルの側がいくつになっても学生運動かよ、という感じになるからだろう。


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