5.肥谷圭介・鈴木大介「ギャングース」ともんでんあきこ「エロスの種子」(04/22 09:13)


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「ウシジマくん」は読み終わるとどーっと来る。それは「ギャングース」みたいに最底辺の不良少年達だけでなく、普通の一般家庭も一つ間違えば最低最悪に転落しかねない、というのを描いているからだろう。それはそれでリアルだし意味はあると思うのだけど、「貧困」が親から子にその状態が継続してなかなか這い上がれない、日本には延々とそういう「這い上がれない貧困」があった、ということは、むしろ「ギャングース」の方が描かれているように思った。「ウシジマくん」は全巻読んだわけではないのでそういう部分もあるのかもしれないけど。

もんでん あきこ
集英社
2017-04-19



もんでんあきこ「エロスの種子」1巻(ヤンジャンコミックス)。ツイッターでフォローしているもんでんさんの作品は全部追いかけているわけではないのだが、最新作を少し読んでみようと思って買った。かなり古風な感じなのは、今より少し前の時代を描いているから、だけではない気がする。

エロスを描いていてもクラシックな雰囲気があるのは、作者のもともと持っている格調の高さのようなものが現れているからではないかと思う。女性作家の描く女性の裸体というのは男性作家のようにファンタジーにまみれてはいなくて、どちらかという醒めている、冷徹ささえ感じることが多いが、もんでんさんもどちらかと言えばそういう方向だろうか。ただ、ちゃんと男性目線も感じるので、その複合性もまた格調と言うべきだろう。

収録されているのは4話、グランドジャンププレミアム(月刊)に一話完結の読切りで掲載されたもののようだ。40ページ?60ページと言うかなり自由な量で描かれていて、自分など生まれていない時代のことが描かれている部分でも、生まれていないのに懐かしい、という感じがする(もちろん作者も生まれていないだろう)ところが作品の力というものだなと思った。

「因果」は戦前、「人形」は戦中、「ジゴロ」は現代、「マリーゴールド」は戦後。この作品群の時代配置も見事というしかない。

女性は男性をシビアに見ているということがよくわかるし、まあだからこそ愛しい存在だ、ということもある。描かれている男性はまあ何というかだめんずなんだけど、まあだからこそ愛しい存在だ、というふうにも見ているのだろうなとも思ったり。

この先、どのような話が描かれて行くのか、楽しみだ。

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