3369.『日出処の天子』:生きている気がするように生きること(07/02 15:52)


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そうした未来への希望というか、「生きている気がするために生きる」という強さが、現代には欠けているのだなと思う。「生きていなければならないから生きている」という消極性が世の中を覆っているから、「生きていなくてもいいよな」というあきらめに簡単に転化する。生きる力を生み出すような強さのある作品を、ほんとうは時代は求めているのだと思う。……と書いたが、実際には時代はまだまだ休息を、自己憐憫を、癒しを求めているのかもしれない。「生きている気がするために生きる」などというのは、まだまだ豊かさが拡大傾向にあり、バブルに向かっていた80年代の時代の空気であって、現代の若者のかたくなな心を開くには足りないものなのかもしれない。

しかし、表現はどんなに変わろうとも、きっかけが何であれ、「生きようとして生きる」積極性が復活しない限り、時代がいい方向に動いていくことはないだろう。アメリカにオバマ政権が生まれたのは、世界がその方向に動いているということだと私は思っているが、日本もその波に早く乗った方がいいと思うし、むしろ積極的に日本としての生き方、人類としての行き方を提案するような作品が出てきてほしいと思う。

村上春樹の『1Q84』はある意味そういう作品かもしれない。心の中にある愛する人をほんとうに求めると決意するまでがこの小説の隠れた主題だと受け取れば、「愛するために生きる」というテーゼが読んだ人の心の中に密かに残っていくだろう。それはたぶん、かなり重要なことだ。

しかしまだその動きは足りないし、もっと大きな波にしなければならない。マネーの洪水の後の荒れ野を、ふたたび開拓していかなければならないのが、現代という時代なのだと思う。再開拓の時代なのだ。


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