3308.リパッティに驚く/『バカの壁』再読(終):人生の意味(09/08 06:58)


< ページ移動: 1 2 3 4 5 >

「バカの壁」とはある意味「一神教の壁」だと養老は言う。一神教といえば語弊があるとしたら、「一元論の壁」といってもいい。一元論的原則を立てることによってその原則に反するものはだめ、あうものはいい、という短絡的な思考になってしまい、思考停止状態になる。そのことによって生きた現実を見ることが出来なくなってしまう、のだ、という。

他者の考えを理解する、他人の気持ちがわかるようになる、というのは自分の原則(あるとしたら)のほかに、他人の原則も許容できるようになる、ということでもある。そうなると、二元論になる。もっとたくさんの人のことを考えれば多元論、無限に多元論になる。

しかし、人間であればこうだろう、というのがある、と養老は指摘する。それをすべての人の間で構築していくことが出来るか。それはもちろん動的なものでしかありえない。固定したとたんに一元論になってしまうのだから。

情報は不変、動かないが、さまざま矛盾するものも含めていろいろなものがはいってくるから、人はその中で能動的に「判断」し、「決断」することができる。それはもちろんその判断、その決断としては不変の情報の世界に属するようになるが、判断することそのものは何度でも出来る。それはそれが、生き物の世界に属することだからだ。

試合中に作戦に誤りがあったことに気がついたら、なるべく早くなるべく効果的に修正しなければならない。小さな修正ならその場で出来るが、大きな修正なら全員を呼んで判断の修正を徹底する必要がある。試合はやってみなければわからない。人生は生きてみなければわからない。結婚は経験してみなければわからない。

わたしは18のころ、それに近いことを考えていたことを思い出した。人間は分かり合えるかどうか、ということで友達と議論したときに、究極的には人食い人種とでも分かり合える、と私は言った。今はもちろんそんな簡単に言い切れることではないとは思っているけれども、それをある意味での目標にもつことが、いつかは「人間ならばこうだろう」ということで合意できる、それを目指すことが、人生の意味となるのかもしれない。

***

y=axという刺激と反応の式で、係数のaがゼロになったり無限大になったりすることが問題が多いと養老はいう、ということは前にも書いたが、それはパレスチナ側が何を言おうとイスラエル人には何の影響もない(係数0)とか、宗教指導者が言うことを絶対的に受け入れるとか、(係数∞)そういうことは確かに一神教の世界、つまり一元論の世界で起こりやすいと思う。

科学と言う業界が不安なのは、というか科学だけでなくあらゆる業界で、いやそうではない、この現代日本社会でそうなのだが、間違った方向であってもそれが一元論的な原則になってしまったら突き進んでしまう傾向を持っているということだ。昔の日本は、常識的に変だと感じられることはブレーキが働いたと思うのだが、それが利き難くなって来ている。反論の出来ない言説を錦の御旗にすることがいかに危険か。個性の尊重然り。

個性が称賛されるのは一神教的な一元論の世界で、そうでない世界では常識豊かな人が喜ばれるのではないか。常識豊かな人、というのは、いろいろな人にはそれぞれ事情があるということを十分に承知し、またそれぞれの事情をなんとなく推察することが出来て、それぞれの人に役に立つことを一緒に考えてやれて、力になってやることも出来る。訳知りと言うと少しスケールが小さいが、歌舞伎で言う捌き役というか、人情味がありながら果断な決断が出来る、そうした常識の豊かさのようなものを持っている人が一番大人物であるとされるのが伝統的な日本社会だった。

不十分であってもそういう人間性を育てていくことが、現代という時代のいびつさを更新し、乗り越えていくために一番必要なことなんだろう。昔の政治家というのは不十分ながらそういうタイプがたくさんいたが、今は全然見られない。

何か、人間にとって役に立つことをしたい。それは、まさに、人生に具体的な意味を獲得することに他ならないのだと思う。そしてそういう姿勢でいることは、既にもう何かしら意味のあることを実践していることでもあるような気もする。

***

「学者はどうしても人間がどこまで物を理解できるかということを追究していく。言ってみれば、人間はどこまで利口かということを追いかける作業を仕事としている。逆に政治家は、人間はどこまで馬鹿かというのを読みきらないといけない。しかし大体、相手を利口だと思って説教してもだめなのです。どれくらい馬鹿かと言うことがはっきり見えていないと説教、説得は出来ない。」


< ページ移動: 1 2 3 4 5 >
3308/5072

コメント投稿
次の記事へ >
< 前の記事へ
一覧へ戻る

Powered by
MT4i v2.21