3302.雑事雑念/登場人物に不親切な描写/自分の世界を観測する(09/14 19:51)


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冒頭がいきなり「トンプソンが殺すべき男はおかまだった。ある実業家の息子に手を出した報いだ。」というくだりからはじまるのもおかしかったが、「リヨンとパリの間の駐車場に停め」、というくだりも「いくらなんでも間が長すぎるだろ!」と思わず突っ込みを入れてしまった。精神病施設の描写もこれは一歩間違うとヤバイという危険な可笑しさ満載だ。主人公?のジュリーの描写も、「背の高い痩せた娘で、頬がこけ、髪は豊かで真っ黒だった。血の気のない顔だが、唇は濃い赤だ。美しいのに、人をどきりとさせるところがあった。女装した男のようにも見える。」これはありそうでなかなかでない描写だ。この登場人物にとことん不親切な描写の仕方がおかしくて仕方がない。

「護身用の武器だ。悪いが、私は悪の帝王じゃないよ。」「石鹸会社の帝王だって聞いたわ」このやり取りもおかしい。「「ものの見方によっては」アルトグは答えた。「私は財団のビルを建設することで、兄に抱いた殺意の償いをしているのかもしれん」」いきなり初対面の娘に自意識を分析してみせるのもなんとなくこの時期のフランス映画っぽくて好きだ。家の中に何枚もモンドリアンやポロックがかかっているという描写もいいな。そういう家に住みたいものだ。坑うつ剤のトラニフルをスコッチで流し込む、という描写をおいおいいいのかよと思う。なんかでたらめなあの時代を思い起こさせる。

こういう「登場人物に不親切な描写」というのはチャンドラーとかにもあるのだけど、チャンドラーのは何というか格好のつけすぎで、思いいれのある人物だと突き放した感じがなくてそこら辺のところがどうもべたつく感じがある。その辺のカッコのつけ方と思いいれのある人物をかっこいいだろうと言いたげに書く感じが村上春樹に似ていて、そのあたりがチャンドラーと村上の親縁性なんだろうなと思った。私はどちらかといえば、思い入れのあるように書いたらどの人物もそうなってしまうし、突き放して書いたらどの人物もそうなってしまう。登場人物に差別をつけるのが基本的にあまり好きではないんだよな。チャンドラーや村上に違和感を感じるのはそういう点で、つまり彼らの書き様というのは、基本的に「世の中にはいい人(あるいは自分の仲間)と悪い人(つまりは仲間にはしたくない人)がいる」という世界観が貫いていて、そのあたりがどうも隙とは言い切れない感じがあるのだとこの本を読みながら思った。私は、戯画化するならすべて戯画化する、そうでなければ本当に悪い人は誰も出てこない、というような話のほうが納得できる。だからアメリカ的な勧善懲悪小説(つまりチャンドラーや村上)よりもフランス映画的なある種のドタバタのほうが好きなんだなと思った。

まだ読み終えてもいないが、マンシェットの小説をまたもう少し探してみようと思った。

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