2954.ビートたけし『達人に訊け!』(11/23 10:50)


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調香師・中村の話はかなり面白い。調香の話は『ギャラリーフェイク』や『王様の仕立て屋』でエピソードとして取り上げられているものを読んだくらいなのだが、香りに関する話は意外なことが多かった。まず一つ目は、「フェロモン」というけれども、人間のフェロモンは現象的にはあるだろうと思われているけれども、実際には見つかっていないということ。これは意外だった。警察犬はその人の体臭を覚えて捜査する訳だが、人間の体臭というのは一人一人違い、指紋ならぬ臭紋とでも言うべきものがあるという話。そこまで独自性があるとは思わなかった。つまり同じような環境で働いていて同じような臭いが染み付いている人でも、犬はそれを嗅ぎ分けることが出来るということだ。へえと思う。ナポレオンの后であったジョゼフィーヌはムスクの香りが好きで、住んでいたシャトー・マルメゾンヌは死後40年間ムスクの香りが消えなかったという。ほんまかいな。シャネルの5番は1921年に売り出されたが今でもヨーロッパでは1番の売上で、アメリカでも3番くらいなのだという。それはすごいことだろう。その事実にマリリン・モンローはどのくらい貢献しているのか。

元騎手・岡部幸雄。馬にはいろいろなタイプがいて、三歳馬のダービーなどのクラッシックレース(以前は馬の年は数えだったので四歳馬だったが、現在は満年齢でいうらしい)に間に合わないタイプもいるのだという。それを無理して間に合わせることで壊れてしまった馬もたくさんあるとか。人間も同じようなことがあるよなあと身につまされる感じがする。武豊は中央競馬で週末に一日7回以上騎乗するだけでなく、地方競馬でも週に2日くらいは乗っているという。これは凄い。まあ大井でも地方競馬だから、そんなに遠くではないかもしれないが。

金型プレス業の岡野雅行。世界に唯一の技術を持つ下町の中小企業、の典型的な経営者。彼の父親が預金封鎖と新円切り替えを経験しているので国と銀行は信用しない、という話。これはよく聞くけれども、やはり個人にとってはものすごく巨大な事件だよなあと思う。使えない金など紙切れに過ぎないからなあ。実際に経験してみないとわからないだろうけど。子どもの頃近所の銭湯でやくざのお兄さんの背中を流させられた話。彫り物が凄いのだが、虎の目がなかったり尻尾がなかったりする。それは痛いから途中で止めちゃったからだ、という話がリアルでおかしかった。そういうことってあるんだろうなあ。大平雅代の話とか聞くと冗談ではすまない感じではあるのだが。

岡野の台詞で最も印象に残っているもの。「アイディアを思いつくか否かは、やっぱり世の中いかに遊んできたか、いろんな失敗をしてきたかだよ。失敗すれば何だって上手くなる。二度と失敗しないようになるんだから。だから、仕事の上手な人は、うんと数多く失敗している。言っちゃなんだけど、失敗しないやつは何も出来ないよ。」「(アイディアは)ひらめくんじゃない。ずっとそればっかりやってると大体頭がそうなって来るんだ。」こういうことは分かっていても言われてみるとなるほどなあと思う。ひらめきというのは、結局は「遊び体験」や「失敗体験」の中から生まれてくるもので、いつもいろいろな工夫をしたり上手くいったり行かなかったりしているから出てくるものなんだ、と思った。最初から上手くやろうと思ってもダメなんだよな。マニュアルにあることは別に使ってもいいけれども、それだけで満足していると次が無い。何か課題を乗り越えていく際にさまざまな経験を動員して新しい工夫を見出してそれを実行していくことによってしか、進歩はない。そしてそういう工夫がいわば日本人の特徴、日本人の得意分野なのだと思う。「やまとごころ」、「やまとだましい」というのも平安時代の用法ではいかに現実に対処していくか、ということだった。それを職人の工夫に転化したのが現在の職人の工夫というものなのだろうと思う。だから、ものづくりとか世界で唯一の技術を持つ中小企業というものは、「大和魂」の最も発現したものというべきなんだろうと思う。

ちょっと長くなったが、対談本はこういう興味を惹かれるようなネタが散らばっているのが魅力的なんだなと改めて思った。そこで興味をひかれてさらにもっと専門的な本を読んだりして、知識や教養が広がっていく。またそれを実行して物にしたりすることも出来る。小林秀雄が戦前高終戦直後だかに座談会がなぜこんなに隆盛しているのか、ということを言っていたが、こういう物の出版点数は今でも相当多いと思う。座談の魅力というものを最もよく知り、それを出版によって大衆化させているのも日本人かもしれない。まあ現実には日本人は座談はあまり上手くない人が多いと言われているようだが、話をしてほんとうに面白い人にめぐり合うことが出来れば、それは全く人生の幸運だと言うべきなのかもしれない。それが手ごろに読めるわけだから、こういう本は実際には考えられている以上に価値のあるものなのだろうと思う。



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