11.先崎彰容「新・富国強兵論」を読んで「自由」や「死者との連帯」について考える/マイナス10.9度/中年のくたびれた男性と若い女性のカップル(01/26 08:15)


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先崎氏がいうところの「新自由主義」とは「公を閑却して個人の自由のみを追求する」という方向性を指しているということだなと思う。先崎氏はそうした冒頭に述べている「国民が持っている漠然とした不安感や空虚感」を解決するために必要なのは「分散」つまり個人の自由の拡大の方向性ではなく、「安心」を与えることであり、生死に直結する社会福祉政策などの生活インフラを充実させることであり、それには「集中」が必要だと説く。

こうした「新自由主義」、これはなんというか「国家に対して否定的だった戦後民主主義思想」から「公共の再構築の意思」を引いた「痩せた自由主義」みたいな感じで捉えてるのかなと思ったのだけど、現在の国民の多くはその視点から人生観や国家観も組み立てている、というのはあるなと思った。

この観点においてはつまりは死生観というものが問題になるわけだけど、ということは戦って死ぬ可能性もある軍事の問題に関わっていくから「強兵論」に話を移行させている。

印象に残ったことの二つ目はこの「終戦以来の我が国が圧倒的に生者の論理で動いてきたという事実」の指摘というところだ。これは小林よしのり氏や故・西部邁氏などもよく言っていたように思うけれども、国家とか歴史とかを考えるということは、「使者との会話」をするということだというある意味での歴史学の根本倫理みたいなものとも繋がる。

史料主義の徹底というのはもちろん実証が本旨であるにしても、ある意味では「死者の本当の声を聞く」ということでもある。史料は人間が作ったものだから、場合によっては統計数字からだって生々しい声が聞こえてくることもあるわけで、「生者の都合」だけで歴史や国家を構想することはできない、ということもある。これはエドマンド・バークが保守主義の四つの柱として国家と墓標(先祖=死者たち)と暖炉(家庭)と祭壇(教会)を挙げていることとも繋がるし、「戦艦大和の最期」や「きけわだつみのこえ」のような「死者たちの魂を鎮めるとともにその声を聞く」という話とも繋がってくる。

ロシアのウクライナ侵攻や中国の覇権国家主義の極度の強まりといった現代日本の置かれている状況は、「戦って死ぬ人たち」が出ることを想定せざるを得ないわけで、ここに「生者の論理だけでは語れない」深さが政治に要求されるようになってくるということを言いたいのだと思う。

文化や伝統を大事にするということは死者との連帯であり歴史との連帯であるわけだが、「国を守るために死ぬ人たち」が出るということは、「死んだ人たち」と「生きている人たち」の間に強い連帯意識がなければ成立しない状況が日本に再び現前するということになる。これは少年マンガであれば「NARUTO」にしろ「鬼滅の刃」にしろ後進に遺志を託して年長者が命を捨てて道を切り開く、みたいな話になるわけだけど、現実の日本で新自由主義的なヤーヤーのために命を捨てるのでは馬鹿らしくてやってられない、という話にならないとは限らないわけだ。まあこれは古来戦争というものが必ず持つ性質ではあるのだけど。だから命を捨てて戦う人たちは英雄でなければならないし、命と引き換えにせめて名誉や顕彰が得られなければならないということになる。

米中対立において日本がどちらにつくべきか、というのが最終的に問題になるのは、中国の覇権主義が今に始まった話ではないというところに本質があるというのが先崎氏の指摘であって、つまりはそれは「中華思想」と言われるものであって、必ず「王道国家・中国」が「覇権国家・アメリカ」を打ち破って天下を太平にする、という思想につながるというわけだ。アメリカももちろん他国に頭を下げることのできる国ではない、アメリカが他国に従うことはないというのはいわば「マニュフェストデスティニー」だと考えるような国だから、ここで両者が相入れることはない、妥協することはあり得るが、という指摘は、福島亮太氏の「ハローユーラシア」などを引用して説明している。

私は基本的に自主防衛論者なのでアメリカにも中国にもつかないという視点は重要だと思っているのだが、ウクライナ戦争以来日本は「国際法秩序」の中にいるべきだと考えるようになっていて、しかしそれはおそらくは中国から見れば「欧米中心の世界秩序」に過ぎず、打破すべきものであると思われているだろうなと思うしそういう指摘はわかる。だからこの世界秩序の中で独自のポジションを取るというくらいしかできないかなと思っていたのだが、先崎氏は北岡氏のインドネシアとの関係を深めてEUにおける独仏のような関係を築くべき、という論を取り上げていて、そういう発想は自分にはないなあとは思った。


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